2008年03月26日

妖怪[大鯰]

妖怪事典大鯰



大鯰(おおなまず)は、巨大なナマズの姿をした、日本の伝説の生物一覧|伝説の生物。地下に棲み、身体を揺することで地震を引き起こすとされる。



外部リンク


  • 鯰を抑えているという言い伝えがある鹿島神宮の要石

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    2008年03月25日

    妖怪[茨木童子]

    妖怪事典茨木童子




    茨木童子(いばらきどうじ)は、平安時代に大江山を本拠に京都を荒らし回ったとされる「鬼」の一人。酒呑童子(しゅてんどうじ)の最も重要な家来であった。出生地には、摂津国(大阪府茨木市水尾、または兵庫県尼崎市富松)という説と、越後国(新潟県旧栃尾市、現在の長岡市の軽井沢集落)という説がある。生まれた頃から歯が生え揃っていた、巨体であったなど周囲から恐れられ、鬼と化した後は酒呑童子と出会い舎弟となり、共に京を目指した。酒呑童子一味は大江山(丹波国にあったとされるが、現在の京都市と亀岡市の境にある大枝山という説もある)を拠点にし、京の貴族の子女を誘拐するなど乱暴狼藉をはたらいたが、源頼光と4人の家臣たち(頼光四天王)によって滅ぼされたという。 しかし茨木童子は逃げ延びたとされ、その後も頼光四天王の一人である渡辺綱と一条戻り橋や羅生門で戦った故事が後世の説話集や能、謡曲、歌舞伎などで語り継がれている。



    出生




    [ 越後説 ]

    茨木童子(ここでは茨城童子とも書く)は酒呑童子と同じく越後国|越後出身との説がある。酒呑童子は蒲原郡の砂子塚(現・新潟県分水町砂子塚)生まれで国上寺の稚児だったが、茨木童子は古志郡の山奥の軽井沢(現・新潟県長岡市軽井沢)の生まれでやはり弥彦神社に預けられていた。同地には酒呑童子と茨木童子が相撲を取った場所があり、茨木童子を祀る祠がある。またこの地区は「茨木」姓が多く、茨木姓の家では節分に豆をまかない習わしがあり、また家の屋根に破風を作るとその家では不良が出るので作らないという言い伝えがあるという。美男子で知られ娘たちから山ほど恋文を送られていた外道丸こと酒呑童子同様、茨木童子も美少年として多くの女性に言い寄られ、将来を案じた母親に弥彦神社に送られることになった。と\xA1 $3$m$,$"$k;~LoI'?@:$C$F5$$r<:$$!"5$$E$/$H54$X$HJQ$o$j2L$F$F;{$+$iF($2$F0-$N8B$j$r?T$/$9$h$&$K$J$C$F$$$?!#茨木童子は舎弟となり共に周囲の村々を襲っていたが、そのうわさを聞いた母が、彼の幼い頃の産着を着けて茨木童子の前に立つと、茨木童子は急に子供の頃の想い出が甦ったか、「二度とこの地を踏まぬ」と約束して、酒呑童子とともに信州戸隠山|戸隠などを経て京へと向かった。


    [ 摂津説 ]

    酒呑童子の出生地にはほかにも伊吹山麓など有力な説があるが、茨木童子の出生地についても兵庫県尼崎市や大阪府茨木市の説もあり、『摂津名所図会』・『摂陽研説』・『摂陽群談』などの資料ではこれらを採っている。1701年刊行の『摂陽群談』では、 摂津国の富松の里(現・兵庫県尼崎市)で生まれ、茨木の里(茨木市)に産着のまま捨てられていたところを酒呑童子に拾われ茨木の名をつけて養われたとある。また『摂陽研説』では、茨木童子は川邊郡留松村(富松と同じく尼崎市の一部)の土民の子であったが、生まれながらに牙が生え、髪が長く、眼光があって成人以上に力があったので、一族はこの子を怖れて島下郡茨木村の辺りに捨て、酒呑童子に拾われたという。茨木市の伝承では、茨木童子は水尾村(現・茨木市)の生まれだが、16ヶ月の難産の末に生まれたときにはすでに歯が生え揃い、生まれてすぐに歩き出して、母の顔を見て鋭い目つき\xA1 $G>P$C$?$?$aJl$O%7%g%C%/$GK4$/$J$C$?!#Ic$O54$N$h$&$J@V;R$r;}$FM>$7!"NY$N0qLZB<$N6eF,?@!J$/$:$,$_!K$N?96a$/$K$"$kH17k$$|髪結床屋の前に捨て、以後茨木童子は子のいなかった床屋夫妻の子として育った。幼くして体格も力も大人を凌いだ童子を床屋も持て余したが、床屋の仕事を教えて落ち着かせることにした。ところがある日、童子はかみそりで客の顔を傷つけてしまい、あわてて指で血をぬぐったものの、指をきれいにしようと血をなめるとその味が癖になってしまい、以後わざと客の顔を傷つけては血をすするようになった。床屋に怒られた童子は気落ちして近くの小川の橋にもたれてうつむいていると、水面に写る自分の顔がすっかり鬼になってしまっているのに気づき、床屋には帰らずに北の丹波の山に逃げ、やがて酒呑童子と出会い家来となったと言う。その橋は「茨木童子貌見橋(すがたみばし)」と呼ばれていたが現存せず、跡地に碑が立っている。



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    酒呑童子の一味による被害があまりにも大きく、源頼光が鬼退治に行くこととなり、配下の頼光四天王(渡辺綱・坂田金時・碓井貞光・卜部季武)や友人の藤原保昌ら、総勢五十数名とともに大江山に向かった。山伏の姿になった一行はさまざまな人々の助けを得ながら、一晩の宿を求める振りをして酒呑童子の本拠にはいることに成功した。その晩は酒盛り上がり、深夜、酔って動かなくなった酒呑童子の一味の鬼たちを頼光らは残らず退治した。ただし、茨木童子のみは渡辺綱と戦っていたところ、酒呑童子の討たれるのを見てこれはかなわないと退却し、唯一逃げるのに成功したという。



    渡辺綱と茨木童子の戦い

    渡辺綱と茨木童子の物語は

  • 『平家物語・劔巻』

  • 『太平記』

  • 『前太平記』

  • 『源平盛衰記』
    などに出てくるほか、

  • 『御伽草子』

  • 『茨木』(歌舞伎)

  • 『戻橋』(歌舞伎)

  • 『羅生門』(能)

  • 『綱館』(長唄)
    にも登場し、それぞれ細部が異なっている。おおむね、''「渡辺綱が茨木童子の腕を切り落とすが、茨木童子は腕を取り戻しに綱の元へやってくる」''というものである。また上記の伝承を元に木原敏江が1978年タイトル「大江山花伝」で漫画化、同作は1986年宝塚歌劇団雪組本公演で柴田侑宏脚色・演出で舞台化(茨木童子役は平みち)された。


    [ 一条戻橋 ]

    茨木童子が出現するのは、堀川にかかる一条戻橋の上というパターン。若い美女が道に困っていたため、渡辺綱が馬に乗せてやると、女は突然鬼の姿になって綱の髪の毛を掴み、空中に飛び上がって愛宕山 (京都市)|愛宕山に連れ去ろうとした。綱は慌てず名刀・髭切で鬼の腕を切って難を逃れた。綱は、切り取った鬼の腕を源頼光に見せた。頼光が陰陽師(安倍晴明だとする話もある)に相談したところ、「必ず鬼が腕を取り返しにやって来るから、七日の間家に閉じこもり物忌みをし、その間は誰も家の中に入れないように」と言われた。それから数日間、茨木童子はあらゆる手を用いて綱の屋敷へ侵入しようとするが、綱の唱える仁王経や護符の力で入ることができなかった。ついに七日目の晩になって、摂津の国から綱の伯母・真柴(伯母ではなく養母が来るという話もある)が綱の屋敷にやってきた。綱は事情を話し決して伯母を屋敷に入れなかったが、年老いた伯母は「幼いころ大切に育てた報いがこの仕打ちか」と嘆き悲しんだので綱\xA1 $O;EJ}$J$/8@$$$D$1$rGK$C$FGlJl$r20I_$KF~$l$k!#$H$3$m$,!"$3$NGlJl$O茨木童子の化けた姿だった。伯母の姿のまま、綱が切り取ったと言う鬼の腕を見たいと言い、封印された唐櫃から出されてきた腕を手にとってじっくり見ていると、突然伯母は鬼の姿に戻った。そして腕を持ったまま飛び上がり、破風を破って空の彼方に消えたという。


    [ 羅生門 ]

    『今昔百鬼拾遺』
    渡辺綱が茨木童子の腕を切り落とすのは羅生門という筋のものもある。大江山の鬼退治が終わってしばらくした頃、源頼光以下四天王たちが集った酒宴の席で、近頃羅生門に鬼が出るという話になった。#ならばと全員で度胸試しに出かけると、綱の番になって門に入ると鬼に出会ってしまい、格闘の末、鬼の腕を切り落とした。
    ・まさか鬼の生き残りがいるわけがないと思った綱が羅生門に行ってみると、そこには茨木童子(または美女にばけた茨木童子)がいて、やはり格闘の末、鬼の腕を切り落とした。その後、同様に茨木童子は姿を変え、腕を取り戻しに現れる。



    茨木童子のその後

    腕を取り戻した後の茨木童子の行方は定かではない。摂津の民話では、しばしば実家に帰った話や、実家に帰ったが追い返された話などがある。



    外部リンク


  • 怪異・妖怪伝承データベース

  • Fantapedia〜幻想大事典 茨木童子

  • 茨木童子



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    2008年03月24日

    妖怪[伴かづぎ]

    妖怪事典伴かづぎ


    トモカヅキとは三重県鳥羽市及び志摩市に伝わる海人|海女の妖怪伝承である。海女が潜ると自分一人だけのはずであるのに、自分そっくりの身なりの人がいるという。このトモカヅキは、暗い場所へと誘う、また鮑を差し出すという。この誘いにのると潜水時間が長くなり、命が奪われることになる。海中作業中の譫妄状態であるとも言われる。なお、「カヅキ」とは海女のことである。



    関連項目


  • 鳥羽市

  • 志摩市

  • セーマンドーマン − トモカヅキ除けのお呪い。

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    2008年03月23日

    妖怪[安倍晴明]

    妖怪事典安倍晴明


    ・画、明治時代)
    安倍 晴明(あべの せいめい/はるあきら/はれあき、延喜21年(921年)? - 寛弘2年9月26日 (旧暦)|9月26日(1005年10月31日))は、平安時代の最も有名な陰陽師の一人であり、鎌倉時代から明治時代初めまで陰陽寮を統括した安倍氏(土御門家)の祖である。当時最先端の呪術・科学であった「天文道」や占いなどの陰陽道の技術に関して卓越した知識を持ったエキスパートであり、平安貴族たちの信頼を受けた大陰陽師で、その事跡は神秘化されて数多くの伝説的逸話を生んでいった。道摩法師(蘆屋道満)とはライバル関係にあった。また、平将門の子の平将国が安倍晴明ではないかという説もある。後世に陰陽道の経典となる秘伝書『簠簋内伝』(ほきないでん、別名『金烏玉兎集』)の著者に仮託されている。実際の晴明の著作としては土御門家に伝わった占事略决がある。特に近年では夢枕獏の小説(のち漫画・映画化)のヒットにより、京都にある晴明神社が人であふれかえるほどぁ NBg%V!<%`$H$J$C$?!#



    史実上の晴明
    安倍晴明は、阿倍氏|安倍氏の伝える系図によると、大膳職|大膳大夫の官にある下級貴族安倍益材(あべのますき)の子として摂津国阿倍野(現・大阪市阿倍野区)に生まれた(奈良県桜井市安倍を生誕の地とする伝承もある)。阿倍仲麻呂の子孫を称するが、系図では竹取物語にもその名が登場する右大臣阿倍御主人の直系の子孫であるという説が有力である。また、一部の古文書では安倍朝臣晴明ではなく安倍宿禰晴明と記載されるものが散見されるため、「朝臣」を「宿禰」の上位に厳格に位置づける当時の慣習から考えて、安倍御主人からの安倍朝臣姓の家系ではなく、難波吉士族の難波忌寸(のち宿禰)の末裔ではないかとする説もある。いずれにしても古代から続く名門の家柄に生まれている。生年は定かではないが、寛弘二年九月(1005年)に85歳で亡くなったと記録されていることか\xA1 $i5U;;$7$F1d4nFs==0lG/!J921年)生まれと推定される。幼少ぁ N:"$K$D$ $$F$O3N$+$J5-O?$,$J$$$,!"1"M[;U2lLPCi9T!&2lLPJ]7{|保憲父子に陰陽道を学び、天文道を伝授されたということになっている。確かな記録に現れるのは960年で、当時天文得業生(陰陽寮に所属し天文博士から天文道を学ぶ学生の職)であった晴明は村上天皇に占いを命ぜられた。出世は遅れていたが占いの才能は既に貴族社会で認められていたことが伺える。その後、天文博士の官に任ぜられる。979年、59歳の晴明は当時の皇太子(後の花山天皇)の命で那智山 (山)|那智山の天狗を封ずる儀式を行う。このころから花山天皇の信頼を受けるようになったようで、記録にしばしば晴明が占いや陰陽道の儀式を行った様子が見られるようになる。花山天皇の退位後は、一条天皇や藤原道長の信頼を集めるようになったことが、道長の日記『御堂関白記』などの当時の貴族の日記から分かる。陰陽師として名声を極めた晴明は、天文道で培った計算能力をかわれて主計寮に異動し主計権助を務めたこれは当時の陰陽師の最高位が七位であったことから、晴明を六位以上に昇進させるための措置であったとも后 M$($i$l$k!#。その後、京職|左京権大夫、穀倉院|穀倉院別当、播磨国|播磨守などの官を歴任し、位は従四位下にのぼった。さらに天文博士や陰陽助(陰陽寮の次官)に晴明の二人の息子安倍吉昌と安倍吉平が任ぜられ、安倍氏は晴明一代の間に師忠行の賀茂氏と並ぶ陰陽道の家となっていった。



    墓所・霊廟・神社・末裔
    墓所は京都嵯峨野|嵯峨にあり、渡月橋の近くにひっそりと眠っている。安倍晴明を祀る神社は、屋敷跡に建てられたという一条戻橋近くの晴明神社や、生誕地の大阪市阿倍野区に建てられたとされる安倍晴明神社など全国各地に存在する。また子孫では平安時代末期の安倍泰親と室町時代初期の安倍有世が優れた陰陽師であったと言われている。有世は足利義満から信頼され、その推挙で陰陽師では初ぁ a$F8x6*$H$J$C$?!#M-@$$N;RB9$O<>h$! j1"M[F;$ N$_$J$i$:?@F;$dNq$J$I$NJ,Ln$K$bBg$-$J1F6ANO$r;}$D;v$K$J$k!#EZ8fLg2H$O0J8e9>8M;~Be$^$GKkI\$NE7J8?&$HD+Dn$N1"M[N@$NMW?&$rN_Be$K7Q>5$7$F2HLg$N3J$r9b$a$?!#EZ8fLg2H:G8e$N1"M[N@4XO"?MJ*$OKkKv$K3hF0$7$?EZ8fLg@2M:$NB);R$G!"L@<#=i4|$K1"M[N@$N:G8e$r8+


    安倍晴明が登場する作品




    [ 平安・中世文学 ]

    晴明が死んだ11世紀のうちに、早くも晴明は神秘化されていった。歴史物語の『大鏡』や説話集の『今昔物語』『宇治拾遺物語』『十訓抄』はいくつかの晴明に関する神秘的な逸話を載せる。


    [ 『大鏡』 ]


  • 帝紀『花山天皇』
    : 花山天皇が帝位を捨てて出家しようとした時、晴明は天文を見てそれを察知し、式神を使って朝廷に急報しようとしたが、ちょうどその時天皇は寺に向かっているところだった。


    [ 『今昔物語』 ]


  • 『安部晴明随忠行習道語』
    ・ 晴明が幼少の頃、賀茂忠行の夜行に供をしている時、夜道に鬼の姿を見て忠行に知らせた。忠行は晴明が優れた才能をもつことを悟り、陰陽道のすべてを教え込んだ。
    ・ 陰陽道の大家となった晴明は、ある時播磨国から来た陰陽師に術比べを挑まれたが、いともたやすく懲らしめた。
    ・ 仁和寺の寛朝僧正のところで、同席した公卿達に陰陽道の技でカエルを殺してみせるようにせがまれ、術を用いて手を触れずにカエルを真平らに潰した。
    ・ 晴明の家では式神を家事に使っており、人もいないのに勝手に門が開閉していた。

  • 『播磨国陰陽師智徳法師語』
    : 播磨国の陰陽師、智徳法師が方術で海賊を捕らえた物語だが、末尾に「智徳はこれほど優れた陰陽師でありながら晴明にはかなわなかった」と記されているので、前の物語に登場した播磨の陰陽師は彼のことだとわかる。


    [ 『宇治拾遺物語』 ]


  • 『晴明蔵人少将封ずる事』
    :晴明がある時、カラスに糞をかけられた蔵人少将を見て、カラスの正体が式神であることを見破り、少将の呪いをといてやった。

  • 『御堂関白の御犬晴明等奇特の事』
    :藤原道長が可愛がっていた犬が、ある時主人の外出を止めようとした。驚いた道長が晴明に占わせると、晴明は式神の呪いがかけられそうになっていたのを犬が察知したのだと告げ、式神を使って呪いをかけた陰陽師を見つけ出して捕らえた。十訓抄にも同様の記述あり。


    [ 近世 ]


  • 文楽|人形浄瑠璃・歌舞伎 『蘆屋道満大内鑑』 (通称「葛の葉」)『蘆屋道満大内鑑』を始めとして、葛の葉伝承を題材とする作品には、多くの場合安倍晴明が登場する。『蘆屋道満大内鑑』では、晴明は父、安倍保名と母、葛葉明神の化身である白狐との間に生まれた子供とされている。また晴明は最終的には清浄を意味する「清明」への改名を帝に願い出て聞き届けられている。葛の葉#葛の葉を題材とする作品|葛の葉を題材とする作品を参照。


    [ 近現代 ]




    [書籍]

    小説


  • 『花山院』(三島由紀夫)

  • 『三つの髑髏』(澁澤龍彦)

  • 『帝都物語』(荒俣宏)

  • 『陰陽師 (小説)|陰陽師』(夢枕獏)
       以後のサブカルチャーで多用されることになる『晴明=神秘的な美形』のイメージを定着させた作品。
    『陰陽師 (漫画)|陰陽師』(岡野玲子、原作:夢枕獏、白泉社)
    テレビドラマ『陰陽師 (テレビドラマ)|陰陽師』(日本放送協会|NHK、主演:稲垣吾郎、原作:夢枕獏)
    映画『陰陽師 (映画)|陰陽師』『陰陽師II』(東宝、主演:野村萬斎、監督:滝田洋二郎、原作:夢枕獏)

  • 安倍晴明-陰陽宮』(谷恒生、小学館)
    ライトノベル


  • 『晴明。』『鬼哭。』(加門七海)

  • 『暗夜鬼譚』(瀬川貴次)

  • 『陰陽ノ京』(渡瀬草一郎)
        晴明を『狸のような小太りの中年』として書いており、近年のサブカルチャー内の晴明像の中ではやや異彩を放つ。

  • 『少年陰陽師』(結城光流)
    テレビアニメ 『少年陰陽師』(制作:スタジオディーン、晴明役:麦人/石田彰)

  • 『姫神さまに願いをシリーズ』(藤原眞莉)
    漫画


  • 『華夜叉』(田辺真由美、秋田書店)

  • 安倍晴明』(真崎春望)

  • 『ギャグマンガ日和』(増田こうすけ、集英社)

  • 『王都妖奇譚』(岩崎陽子 秋田書店)
    テレビドラマ『陰陽師☆安倍晴明〜王都妖奇譚〜』(フジテレビジョン|フジテレビ系、主演:三上博史、 原作:岩崎陽子)

  • 『夢々 陰陽師鬼談』 原作:荒俣宏 九後奈緒子

  • 『天上天下』(大暮維人 集英社)
    その他


  • 安倍晴明アンソロジー』(学習研究社)


    [テレビアニメ]


  • 『アベノ橋魔法☆商店街』(制作:GAINAX、晴明役:小山力也)

  • 『新ゲッターロボ』(制作:バンダイビジュアル、晴明役:子安武人)
       この作品では、鬼を影で操る黒幕とされている。


    [ゲーム]


  • 『O・TO・GI 〜百鬼討伐絵巻〜』(フロム・ソフトウェア。作中では女性)

  • 『久遠の絆』(制作:フォグ)
    ドラマCD 『久遠の絆 平安編』(晴明役:堀川りょう)

  • 『SAKURA 〜雪月華〜』(制作:CIRCUS・プリンセスソフト、晴明役:子安武人)

  • 『信長の野望・革新』(スペシャル武将として。制作:コーエー|KOEI)

  • 『遙かなる時空の中で』(制作:コーエー・ルビー・パーティー)
    漫画『遙かなる時空の中で』(水野十子・原案:ルビー・パーティー)


    [ 演じた俳優 ]

    近年の安倍晴明および陰陽師・陰陽道のブームによりメディアにおいて安倍晴明が演じられるようになった。以下の演じた俳優を見れば分かるが、安倍晴明のイメージは「美男子」「妖艶な雰囲気」「クール」といった神秘的な姿で演じられる。中でも映画『陰陽師』『陰陽師II』で安倍晴明役を演じた野村萬斎は各所から絶賛され、まさに当たり役となった。

  • 稲垣吾郎:日本放送協会|NHKドラマ『陰陽師 (テレビドラマ)|陰陽師』

  • 野村萬斎:映画『陰陽師 (映画)|陰陽師』『陰陽師II』

  • 三上博史:フジテレビジョン|フジテレビ『陰陽師☆安倍晴明〜王都妖奇譚〜』

  • 鈴木一真:日本テレビ放送網|日本テレビ『時空警察PART4 〜陰陽師安倍晴明はクーデターを企てていた?〜』

  • 永澤俊矢:映画『妖怪大戦争 (2005年の映画)|妖怪大戦争』(2005年)



    関連項目
    * 天社土御門神道

  • セーマンドーマン

  • 陰陽道

  • 風水

  • シャーマンキング

  • 少年陰陽師

  • SAKURA 〜雪月華〜

  • 晴明神社

  • 安倍晴明神社

  • 浅口市鴨方町

  • 晴明 (小惑星)



    脚注



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    2008年03月21日

    妖怪[あまんじゃく]

    妖怪事典あまんじゃく



    天の邪鬼(あまのじゃく、あまんじゃく)は、悪鬼神もしくは小鬼、また日本の妖怪の一種とされる。河伯、海若とも書く。



    由来

    仏教では人間の煩悩を表す象徴として、四天王や執金剛神に踏みつけられている悪鬼、また四天王の一である毘沙門天像の鎧の腹部にある鬼面とも称されるが、これは鬼面の鬼が中国の河伯(かはく)という水鬼に由来するものであり、同じく中国の水鬼である海若(かいじゃく)が「あまのじゃく」と訓読されるので、日本古来の天邪鬼と習合され、足下の鬼類をも指して言うようになった。日本古来の天邪鬼は、記紀にある天稚彦(あめのわかひこ)や天探女(あまのさぐめ)に由来する。天稚彦は葦原中国を平定するために天照大神によって遣わされたが、務めを忘れて大国主神の娘を妻として8年も経って戻らなかった。そこで次に雉名鳴女を使者として天稚彦のもとへ遣わすが、天稚彦は仕えていた天探女から告げられて雉名鳴女を矢で射殺するが、その矢が天から射返されて、天稚彦自身も死んでしまう。天探女はその名が表すように、天の動きや未来、また人の心を探ることができるシャーマン的な存在とされており、この説話が後に、人の心を読み取って反対に悪戯をしかける小鬼と変化していった。本来、天探女は悪者ではなかったが天稚彦に告げ口をしたということかぁ i!"E7$Nl9g$,B?$$!#!V$&$j$3$R$a$H$"$^$N$8$c$/|うりこ姫」等、昔話(日本の童話)にも登場する。



    転用

    「人の心を見計らって悪戯をしかける子鬼」とされることから転じて、現代では「他者(多数派)の思想・言動を確認したうえで、あえてこれに逆らうような言動をする"ひねくれ者"、"つむじ曲がり"」「本心に素直になれず、周囲と反発する人」またはそのような言動を指して、「あまのじゃく(な人)」と称されるようになった。



    関連項目


  • アメノワカヒコ

  • 日本の妖怪の一覧

  • 伝説の生物一覧

  • ツンデレ


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    2008年03月20日

    妖怪[小野篁]

    妖怪事典小野篁


    小野 篁(おの の たかむら、延暦21年(802年) - 仁寿2年12月22日 (旧暦)|12月22日(853年2月3日))は、平安時代前期の官人、学者、歌人。異名は「野相公」、その反骨精神から「野狂」とも。




    経歴

    小野篁は遣隋使を務めた小野妹子の子孫で、父は小野岑守。孫に三蹟の一人小野道風がいる。若年の頃、父に従って陸奥国へ赴き、弓馬をよくしたが、嵯峨天皇の言葉に触れて発奮し大学寮|大学へ入り、官途についた。弾正台|巡察弾正・弾正忠・弾正少弼などを歴任し、法理に明るく『令義解』の編纂にも深く関与している。承和 (日本)|承和元年(834年)、遣唐使|遣唐副使に任ぜられるが、承和5年(838年)に正使藤原常嗣とのいさかいから、病気と称して職務を拒否したうえ朝廷を批判する詩を作したため、嵯峨上皇の怒りをかい隠岐に流された。1年半の後に許されて帰京。のち従三位参議に至った。



    逸話と伝説


  • 『日本文徳天皇実録』に見える薨伝によれば、篁の身長は六尺二寸。すなわち180センチを超える巨漢であった。

  • 同じく薨伝によれば、その文才は「天下無双」であったという。

  • 同じく、金銭に淡白で禄を友人に分け与えていたため貧しかったという。

  • 篁は夜ごと井戸を通って地獄に降り、閻魔|閻魔大王のもとで裁判の補佐をしていたという。この井戸は、京都東山の六道珍皇寺にあり、また珍皇寺の閻魔堂には、篁作と言われる閻魔大王と篁の木像が並んで安置されている。

  • 京都市北区にある篁のものと伝えられる墓の隣には、紫式部のものと言われる墓があるが、これは愛欲を描いた咎で地獄に落とされた式部を、篁が閻魔大王にとりなしたという伝説に基づくものである。

  • 『今昔物語集』によると、病死して閻魔庁に引据えられたた藤原良相が篁の執成しによって蘇生したという逸話が見える。

  • 『宇治拾遺物語』などには、嵯峨天皇のころ、「無悪善」という落書きを「悪(さが(嵯峨のこと))無くば、善けん」(「悪なからば善からん」とも読める。いずれにせよ、「嵯峨天皇がいなければ良いのに」の意。)と読み、それに立腹した嵯峨天皇の出した「『子』を十二個書いたものを読め」というなぞなぞを、見事に「猫の子の子猫、獅子の子の子獅子」と読み解いてみせ事なきを得た、という逸話も見える。

  • まだ日本に『白氏文集』が一冊しか渡来していない頃、天皇が戯れに白楽天の詩の一文字を変えて篁に示したところ、篁は改変したその一文字のみを添削して返したという。

  • 白楽天は、篁が遣唐使に任ぜられたと聞き、彼に会うのを楽しみしていたという。

  • また篁を主人公とした物語として、異母妹との悲恋を描いた『篁物語』があるが、完全なフィクションである。



    子孫

    小野道風や小野小町が著名だが、武蔵七党の猪俣党や横山党などの武士は小野篁の子孫を称して、小野にちなんで、「野太郎」、「小野太」などと称している。また、それからの転化で「弥太郎」や「小弥太」と称した者もいる。



    代表歌

    わたの原 八十島かけて 漕ぎ出でぬと 人には告げよ 海人の釣舟(百人一首11番)

    泣く涙 雨と降らなむ わたり川 水まさりなば かへりくるがに(古今和歌集)





    小野篁に関連する作品


  • 『冥界伝説 たかむらの井戸』たつみや章

  • 『札屋一蓮!』さくまゆうこ

  • 『鬼の橋』伊藤 遊

  • 『篁破幻草子』結城光流

  • 『篁・変成秘抄シリーズ』藤川桂介



    関連項目


  • 日本の中古文学史}}


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    2008年03月19日

    妖怪[茨木童子]

    妖怪事典茨木童子




    茨木童子(いばらきどうじ)は、平安時代に大江山を本拠に京都を荒らし回ったとされる「鬼」の一人。酒呑童子(しゅてんどうじ)の最も重要な家来であった。出生地には、摂津国(大阪府茨木市水尾、または兵庫県尼崎市富松)という説と、越後国(新潟県旧栃尾市、現在の長岡市の軽井沢集落)という説がある。生まれた頃から歯が生え揃っていた、巨体であったなど周囲から恐れられ、鬼と化した後は酒呑童子と出会い舎弟となり、共に京を目指した。酒呑童子一味は大江山(丹波国にあったとされるが、現在の京都市と亀岡市の境にある大枝山という説もある)を拠点にし、京の貴族の子女を誘拐するなど乱暴狼藉をはたらいたが、源頼光と4人の家臣たち(頼光四天王)によって滅ぼされたという。 しかし茨木童子は逃げ延びたとされ、その後も頼光四天王の一人である渡辺綱と一条戻り橋や羅生門で戦った故事が後世の説話集や能、謡曲、歌舞伎などで語り継がれている。



    出生




    [ 越後説 ]

    茨木童子(ここでは茨城童子とも書く)は酒呑童子と同じく越後国|越後出身との説がある。酒呑童子は蒲原郡の砂子塚(現・新潟県分水町砂子塚)生まれで国上寺の稚児だったが、茨木童子は古志郡の山奥の軽井沢(現・新潟県長岡市軽井沢)の生まれでやはり弥彦神社に預けられていた。同地には酒呑童子と茨木童子が相撲を取った場所があり、茨木童子を祀る祠がある。またこの地区は「茨木」姓が多く、茨木姓の家では節分に豆をまかない習わしがあり、また家の屋根に破風を作るとその家では不良が出るので作らないという言い伝えがあるという。美男子で知られ娘たちから山ほど恋文を送られていた外道丸こと酒呑童子同様、茨木童子も美少年として多くの女性に言い寄られ、将来を案じた母親に弥彦神社に送られることになった。と\xA1 $3$m$,$"$k;~LoI'?@:$C$F5$$r<:$$!"5$$E$/$H54$X$HJQ$o$j2L$F$F;{$+$iF($2$F0-$N8B$j$r?T$/$9$h$&$K$J$C$F$$$?!#茨木童子は舎弟となり共に周囲の村々を襲っていたが、そのうわさを聞いた母が、彼の幼い頃の産着を着けて茨木童子の前に立つと、茨木童子は急に子供の頃の想い出が甦ったか、「二度とこの地を踏まぬ」と約束して、酒呑童子とともに信州戸隠山|戸隠などを経て京へと向かった。


    [ 摂津説 ]

    酒呑童子の出生地にはほかにも伊吹山麓など有力な説があるが、茨木童子の出生地についても兵庫県尼崎市や大阪府茨木市の説もあり、『摂津名所図会』・『摂陽研説』・『摂陽群談』などの資料ではこれらを採っている。1701年刊行の『摂陽群談』では、 摂津国の富松の里(現・兵庫県尼崎市)で生まれ、茨木の里(茨木市)に産着のまま捨てられていたところを酒呑童子に拾われ茨木の名をつけて養われたとある。また『摂陽研説』では、茨木童子は川邊郡留松村(富松と同じく尼崎市の一部)の土民の子であったが、生まれながらに牙が生え、髪が長く、眼光があって成人以上に力があったので、一族はこの子を怖れて島下郡茨木村の辺りに捨て、酒呑童子に拾われたという。茨木市の伝承では、茨木童子は水尾村(現・茨木市)の生まれだが、16ヶ月の難産の末に生まれたときにはすでに歯が生え揃い、生まれてすぐに歩き出して、母の顔を見て鋭い目つき\xA1 $G>P$C$?$?$aJl$O%7%g%C%/$GK4$/$J$C$?!#Ic$O54$N$h$&$J@V;R$r;}$FM>$7!"NY$N0qLZB<$N6eF,?@!J$/$:$,$_!K$N?96a$/$K$"$kH17k$$|髪結床屋の前に捨て、以後茨木童子は子のいなかった床屋夫妻の子として育った。幼くして体格も力も大人を凌いだ童子を床屋も持て余したが、床屋の仕事を教えて落ち着かせることにした。ところがある日、童子はかみそりで客の顔を傷つけてしまい、あわてて指で血をぬぐったものの、指をきれいにしようと血をなめるとその味が癖になってしまい、以後わざと客の顔を傷つけては血をすするようになった。床屋に怒られた童子は気落ちして近くの小川の橋にもたれてうつむいていると、水面に写る自分の顔がすっかり鬼になってしまっているのに気づき、床屋には帰らずに北の丹波の山に逃げ、やがて酒呑童子と出会い家来となったと言う。その橋は「茨木童子貌見橋(すがたみばし)」と呼ばれていたが現存せず、跡地に碑が立っている。



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    酒呑童子の一味による被害があまりにも大きく、源頼光が鬼退治に行くこととなり、配下の頼光四天王(渡辺綱・坂田金時・碓井貞光・卜部季武)や友人の藤原保昌ら、総勢五十数名とともに大江山に向かった。山伏の姿になった一行はさまざまな人々の助けを得ながら、一晩の宿を求める振りをして酒呑童子の本拠にはいることに成功した。その晩は酒盛り上がり、深夜、酔って動かなくなった酒呑童子の一味の鬼たちを頼光らは残らず退治した。ただし、茨木童子のみは渡辺綱と戦っていたところ、酒呑童子の討たれるのを見てこれはかなわないと退却し、唯一逃げるのに成功したという。



    渡辺綱と茨木童子の戦い

    渡辺綱と茨木童子の物語は

  • 『平家物語・劔巻』

  • 『太平記』

  • 『前太平記』

  • 『源平盛衰記』
    などに出てくるほか、

  • 『御伽草子』

  • 『茨木』(歌舞伎)

  • 『戻橋』(歌舞伎)

  • 『羅生門』(能)

  • 『綱館』(長唄)
    にも登場し、それぞれ細部が異なっている。おおむね、''「渡辺綱が茨木童子の腕を切り落とすが、茨木童子は腕を取り戻しに綱の元へやってくる」''というものである。また上記の伝承を元に木原敏江が1978年タイトル「大江山花伝」で漫画化、同作は1986年宝塚歌劇団雪組本公演で柴田侑宏脚色・演出で舞台化(茨木童子役は平みち)された。


    [ 一条戻橋 ]

    茨木童子が出現するのは、堀川にかかる一条戻橋の上というパターン。若い美女が道に困っていたため、渡辺綱が馬に乗せてやると、女は突然鬼の姿になって綱の髪の毛を掴み、空中に飛び上がって愛宕山 (京都市)|愛宕山に連れ去ろうとした。綱は慌てず名刀・髭切で鬼の腕を切って難を逃れた。綱は、切り取った鬼の腕を源頼光に見せた。頼光が陰陽師(安倍晴明だとする話もある)に相談したところ、「必ず鬼が腕を取り返しにやって来るから、七日の間家に閉じこもり物忌みをし、その間は誰も家の中に入れないように」と言われた。それから数日間、茨木童子はあらゆる手を用いて綱の屋敷へ侵入しようとするが、綱の唱える仁王経や護符の力で入ることができなかった。ついに七日目の晩になって、摂津の国から綱の伯母・真柴(伯母ではなく養母が来るという話もある)が綱の屋敷にやってきた。綱は事情を話し決して伯母を屋敷に入れなかったが、年老いた伯母は「幼いころ大切に育てた報いがこの仕打ちか」と嘆き悲しんだので綱\xA1 $O;EJ}$J$/8@$$$D$1$rGK$C$FGlJl$r20I_$KF~$l$k!#$H$3$m$,!"$3$NGlJl$O茨木童子の化けた姿だった。伯母の姿のまま、綱が切り取ったと言う鬼の腕を見たいと言い、封印された唐櫃から出されてきた腕を手にとってじっくり見ていると、突然伯母は鬼の姿に戻った。そして腕を持ったまま飛び上がり、破風を破って空の彼方に消えたという。


    [ 羅生門 ]

    『今昔百鬼拾遺』
    渡辺綱が茨木童子の腕を切り落とすのは羅生門という筋のものもある。大江山の鬼退治が終わってしばらくした頃、源頼光以下四天王たちが集った酒宴の席で、近頃羅生門に鬼が出るという話になった。#ならばと全員で度胸試しに出かけると、綱の番になって門に入ると鬼に出会ってしまい、格闘の末、鬼の腕を切り落とした。
    ・まさか鬼の生き残りがいるわけがないと思った綱が羅生門に行ってみると、そこには茨木童子(または美女にばけた茨木童子)がいて、やはり格闘の末、鬼の腕を切り落とした。その後、同様に茨木童子は姿を変え、腕を取り戻しに現れる。



    茨木童子のその後

    腕を取り戻した後の茨木童子の行方は定かではない。摂津の民話では、しばしば実家に帰った話や、実家に帰ったが追い返された話などがある。



    外部リンク


  • 怪異・妖怪伝承データベース

  • Fantapedia〜幻想大事典 茨木童子

  • 茨木童子



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    2008年03月18日

    妖怪[百々目鬼]

    妖怪事典百々目鬼


    『今昔画図続百鬼』
    百々目鬼(とどめき、どどめき。百目鬼(どうめき)とも)は、鳥山石燕の『今昔画図続百鬼』(巻之下 明)に記された妖怪。盗癖のある女性の腕に、盗んだ鳥目(金銭)の精が鳥の目となって無数に現れたのでこれを百々目鬼と呼んだ、とある。また、「鳥目」は、別に「御足」と呼ばれることもあり、「足が付く」という洒落から出来た妖怪と言う説もある。また、栃木県宇都宮市には藤原藤太秀郷が百目鬼と呼ばれる鬼を退治したとする伝承がある。秀郷に致命傷を与えられた鬼は本願寺の智徳上人の引導によって成仏し、その最後の地を百目鬼と呼ぶようになったという。この伝説にちなんだ百目鬼面と呼ぶ瓢箪を加工した郷土玩具があり魔除の面として親しまれている。






    百目鬼伝説

    平安時代中期、常陸国(現在の茨城県)、下総国(現在の千葉県)に領地を持つ平将門という地方領主がいた。将門は地方政治が乱れているのを嘆き、これを正して自ら新皇(天皇)を名乗るが、朝廷からは地方役所(国府)に逆らった者とみなされ全国に追討命令が出された(平将門#生涯|平将門の乱)。当時下野国の押領使であった藤原秀郷|藤原秀郷(田原藤太)はこの命令を受けて将門軍と幾度にも亘って剣を交えるが苦戦を強いられる。秀郷は下野国に戻った折、宇都宮二荒山神社|宇都宮大明神に戦勝祈願を行い一振りの聖剣を授かり、これを持って引き返し将門軍と再び戦闘を繰り広げ、ようやくこれを討ち取ることが出来た。この功績をもって、秀郷は朝廷から恩賞として国司|下野国司に任ぜられ、さらに武蔵国司・鎮守府将軍を兼務することとなった。


    秀郷は下野国・宇都宮市|宇都宮の地に館を築き、ある日その近くで狩りを行った。狩りの帰り道、栃木県道63号藤原宇都宮線|田原街道・大曽の里を通りかかると老人が現れ、「この北西の兎田という馬捨場に百の目を持つ鬼が現れる」ことを告げられた。秀郷が兎田に行って待っていると、俄かに雲が巻き起こり、両手に百もの目を光らせる身の丈十尺の鬼が現れ、死んだ馬にむしゃぶりついた。秀郷は弓を引いて最も光る目を狙って矢を放った。矢は鬼の急所を貫き、鬼はもんどりうって苦しみながら宇都宮二荒山神社|明神山の麓まで逃げたが、ここで倒れて動けなくなった。鬼は体から炎を噴き、裂けた口から毒気を吐いて苦しんだため、秀郷にも手が付けられない状態となった。仕方なく秀郷はその日は一旦館に引き上げることとした。翌朝、秀郷は鬼が倒れていた場所に行ったが、黒こげた地面が残るばかりで鬼の姿は消えていた。


    それから400年の時が経って、室町幕府を立ち上げた足利氏が将軍となった時代、明神山の北側にある塙田村・本願寺の住職が怪我をするとか寺が燃えるといった事件が続いた。その中、智徳上人という徳深い僧が住職となると、その説教に必ず姿を見せる歳若い娘がいた。実はこの娘こそ400年前にこの辺りで瀕死の重症を負った鬼の仮の姿で、長岡の百穴に身を潜め傷付いた体が癒えるのを待ち、娘の姿に身を変えてはこの付近を訪れて、邪気を取り戻すため自分が流した大量の血を吸っていたのであった。本願寺の住職は邪魔であったため襲って怪我を負わせたり、寺に火をつけては追い出していたという。智徳上人はそれを見破り、鬼は終に正体を現した。鬼は智徳上人の度重なる説教に心を改め、二度と悪さをしないと上人に誓ったのであった。


    これ以降、この周辺を百目鬼と呼ぶようになったという。今も宇都宮の明神山の西側には「百目鬼通り」という名称で残る。






    関連する項目

    日本の妖怪の一覧

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    2008年03月17日

    妖怪[河童]

    妖怪事典河童



    河童(かっぱ)は、日本の妖怪・伝説の生物一覧|伝説上の動物、または未確認動物。標準和名の「かっぱ」は、「かわ(川)」に「わらは(童)」の変化形「わっぱ」が複合した「かわわっぱ」が変化したもの。河太郎(かわたろう)とも言う。ほぼ日本全国で伝承され、その呼び名や形状も各地方によって異なる。類縁種にせこ等がいる。水神、またはその依り代、またはその仮の姿ともいう。鬼、天狗と並んで日本の妖怪の中で最も有名なものの一つとされる京極夏彦・多田克己 『妖怪図巻』 国書刊行会、2000年、147頁。多田克己 『幻想世界の住人たち IV 日本編』 新紀元社、1990年、110頁。。具体例としては各地に残る河童神社、河童塚(鯨塚、道具塚と同じ)がある。



    概要

    体格は子供の様で全身は緑色、または赤色。頭頂部に皿がある事が多い。皿は円形の平滑な無毛部でいつも水で濡れており、皿が乾いたり割れたりすると力を失う、または死ぬとされる。口は短い嘴で、背中には亀の様な甲羅が、手足には水掻きがあるとする場合が多い。両腕は体内で繋がっており片方の腕を引っ張るともう片方の腕が縮み、そのまま抜けてしまう事もある。肛門が3つある。体臭は生臭い。猿や川獺の様な姿とする事もある。川や沼の中に棲み(例外に地行浜(現在、福岡ドームが建っている辺り)の酒飲み河童:海に住む河童の話もある)、泳ぎが得意。悪戯好きだが悪さをしない妖怪として伝えられる場合もあるが、多くは水辺を通りかかったり、泳いだりしている人を水中に引き込み、溺れさせたり、「尻子玉」(尻小玉とも書く)を抜いて殺す等の悪事を働く。抜いた尻子玉は食べたり竜王に税金として納めたりする。尻子玉とはヒトの肛門内にあると想像された架空の臓器で、これを抜かれると腑抜けになると言われている。この伝承は邸 .;`村上健司 『妖怪事典』 毎日新聞社、2000年、109-110頁。。相撲が大好きでよく子供を相撲に誘う。相撲に負けた子供は尻子玉を抜かれる。河童は大人よりも力が強いが、仏前に備えた飯を食べた後に闘えば子供でも負けないと言われている。好物はキュウリ。この事に因みキュウリを巻いた寿司の事を「カッパ巻き」と呼ぶ。キュウリを好むのは、河童が水神の零落した姿であり、キュウリは初なりの野菜として水神信仰の供え物に欠かせなかったことに由来するといわれる。初義理堅く、魚や薬の製法を恩返しとして提供する民話も多く存在する。鉄、鹿の角、猿を嫌う。潜水時間は (B河童は B12時 4V$@$,1n$O24時間なので闘うと猿に負けるという民話もある。シダの葉で頭を撫でると人間に化ける事が出来る。河童の由来は大まかに西日本と東日本に分けられ、西日本では大陸からの渡来とされるが、東日本では安倍晴明の式神、役小角の護法童子、飛騨の匠(左甚五郎とも)が仕事を手伝わせる為に作った人形が変じたものとされる。両腕が体内で繋がっているのは人形であったからともされる。大陸渡来の河童は猿猴と呼ばれ、その性質も中国の猴(中国では在来種より大きな猿を猴と表記する)に類似する。九州北部では河童の神を兵主部羅神という事から、熊本のヒョウスベもその一派であると考えられる。河童にはまた、河神としての性格を残すものがあり、河神が秋に山神となるように、河童も一部地域では冬になると山童(やまわろ)になると言われる。大分では、秋\xA1 $K河童が山に入ってセコとなり、和歌山では、ケシャンボになる。いずれも山童、即ち山の神の使いである。また、河童は龍などと同じ水神ともいわれる。つまり、こうした伝承において河童は自然霊の化身であるとも言える。悪戯好きな性格の自然霊は、子供の様な純真無垢な人の周りに集まり易いと伝えられている。山の精霊とも言われる座敷童子等と同様に、河童も一部の子供にしか見えなかったという談があり、関連性が興味深い。現在河童のミイラや河童の骨等と呼ばれる物は、多くは江戸時代のミイラ造形師が他の動物の部品を組み合わせて作った物である。好んで用いられたのはエイと猿、また、梟の頭部を使った物もある。また河童の手首のミイラと呼ぁ P$l$kJ*$NKX$I$O%K%[%s%+%o%&%=$NJ*$G$"$k!#J!Eg8)$NKLLnE7K~5\$K$! O!V2OGl! J$+$O$/!K$N河童の手のミイラがあり、901年に菅原道真が筑後川で暗殺されそうになった際、河童の大将が彼を救おうとして手を切り落とされた、もしくは道真の馬を川へ引きずり込もうとした河童の手を道真が切り落としたものとされる宮本幸枝・熊谷あづさ 『日本の妖怪の謎と不思議』 学習研究社、2007年、33頁。北野天満宮の歴史北野町商工会 コスモスの町きたの内)河童は、間引きされた子供の遺体が河原にさらされている姿との説もある。江戸時代には間引きは頻繁に行われており、他の子供に間引きを悟られないよう大人が作った嘘とも言われている。『西遊記』に登勝 l$9$k:;8g>t$O!"F|K\$G$O$7$P$7$P河童に似た姿で描かれる。詳細は沙悟浄#日本の沙悟浄を参照。現在の日本でも極たまに目撃談があり、ツチノコと並んで日本を代表する未確認生物とも言える。また、その類の生物としては珍しく、愛くるしい姿で描かれる事が多い。水辺に住んでいると伝えられる為か、河川や湖沼の水質汚染防止及び環境保護のマスコットキャラクターにされる事が多い。各地方毎に様々な名で呼ばれており、河童の訛りとしてガワッパ、ガワワッパ、ガラッパ(熊本県八代|八代地方、鹿児島県川薩地方)、河太郎の訛りとしてゲータロ、ガタロウの他、水蛇の訛りと思われるメンドチ、メドチ、ドチガメ等がある。また、これらとは全く別系統のものとして、高知のシバテン(芝天狗の略)、愛媛県宇和地方でのエンコ水木しげる 『水木しげるの憑物百怪 上』 小学館、2005年、80頁。、岐阜県大野郡 (岐阜県)|大野郡や和歌山県でのガオロ『妖怪事典\xA1 !Y 97頁。、岡山県(主として津山市)でのゴンァ 4!"BPGO! JD9:j8)BPGO;T!K$J$I$G$N2O8W!J$+$o$3!K『妖怪辞典』 123頁。、大分県玖珠郡での川者(かわのもの)『妖怪辞典』 126頁。、熊本県飽託郡(現・熊本市)での旅の人(たびのひと)『妖怪辞典』 214頁。がある。



    筑後方面での伝承

    福岡の筑後川付近には「河童と地元民との揉め事」や「河童族同士の戦争」の伝説や「河童に因んだ地名」等比較的年代が明確ではっきりした記録が数多く残っており、少なくともその当時「河童」と呼ばれたものが川辺付近に多く住んでいたと思われる。特徴は全身が毛に覆われている「類人猿形態」。筑後地方の河童は100匹以上の集団生活を営んでいたらしく、川の上流から海の傍まで幾つかの集団に分かれて生活していたらしい。更には人語を理解し、人間との複雑な契約も行っていた事から、河童は少数民族ではなかったかとも思われる。昭和初期まで河童を見た人が比較的多く居るのでこの時期に絶滅したのかも知れない。「水に入る前にはタケノを\xA1 ?)$Y$k!W!V?e$KF~$kA0$K$OJ)A0HS$r?)$Y$k!W$H$$$C$?河童除けの風習は久留米市の水天宮付近が起源とされる。毎年8月には、水の祭典という祭りが行われる。これは、元々河童を崇めるために始まった祭りである。久留米市民図書館では、河童をモチーフとした置物があり、久留米市ではカッピースタンプというものがあり買い物をして集めるものである。



    河童の種類

    大まかに分けると二種類が存在すると思われる。; 亀形態
    : 体はウロコで覆われ嘴があり、頭には皿を乗せている。頭の皿が割れると死ぬ、または力を失い衰弱する。背中に甲羅があり手足に水かきがある。爬虫類の発展型なのか、絵では手の親指がない事が多い。亀の様に四本足で歩く絵も見受けられる。キュウリが好き。絵に書かれる事は多いが、キュウリが好物という以外には具体的に何をしたという特徴もない。牛や馬の尻や尾にしがみついて所謂駒引きを行ったのはこちらの形態のものであると思われる(昭和の目撃例においてはこの二つと別の爬虫類らしき生物も目撃されており(後述)、こちらと混同された可能性もある)。一般的な河童の想像図に近い反面、目撃談は意外に少ない。
    ・ 類人猿形態
    : 全身が毛に覆われており、口には牙があり鼻の造形がはっきりしない。頭部には窪みがあり、そこに常に水を溜めている。その水が乾くと死ぬ、または衰弱する。手には親指があり、足には踵がある。相撲が得意でよく人間の子供と遊ぶ。存在する河童絵の3割程度は猿型だが、中には背中の甲羅が書かれていない事もある。春に水辺に下りてきて秋に山へ帰るのもこの種類だと思われ、山童やキジムナーも同一種と推測されるがほぼ日本全土に生息し(ただし、北海道のミンツチが伝承しかないのに対し、九州、五島列島、沖縄などでは近世の目撃が非常に多い)地域差も多少ある模様。また、昭和以降の目撃談では遠目に人間に見えるというのもこの種類と見て間違いない。甲羅を紐で結んでいる絵も多く見受けられる点から甲羅様の道具を蓑の様に使っている人間であるとも考えられる。極稀に甲羅でなく蓑の様な物で背中を覆っている河童の絵もある。また九州地方では人間の歌や落石、倒木、ダイナマイトの爆破音を真似すると言われるが恐らく身を守る亜 Y$@$H;W$o$l$k!#河童の人間の歌を真似た歌は節は奇麗だが言葉は不明であったとされている。



    河童に纏わる言葉

    『画図百鬼夜行』
    ・ 「河童の川流れ」
    : 河童は泳ぎが得意である事から、物事に長けている人でも失敗する事があるという意。
    ・ 「屁の河童
    : 河童はいつも水の中にいる為、屁をしてもあまり勢いがない事から、「取るに足りない事」を「河童の屁」、後に語順が変わった。「木っ端の火」から来たという説もある。
    ・ 「陸(おか)へ上がった河童
    : 河童は水中では能力を十分発揮できるが、陸に上がると力がなくなるとされるところから、力のある者が環境が一変するとまったく無力になってしまうことのたとえ。



    未確認動物としての河童

    河童は未確認動物であるという考え方もある。この視点で見る河童には人間や猿と酷似する種類(哺乳類)と巨大な蛙のような種類(両生類或いは爬虫類)等が存在するらしく、どの種類も背丈は30センチメートルから150センチメートル程度であり、成人した人間を超える事はない。河童の伝承の数だけ全く異なる未知の水棲生物が存在していた可能性も捨てきれない(またそれらが既に絶滅寸前のニホンカワウソと同じ環境に生息している事実は河童もまた絶滅種もしくは絶滅寸前なのかもしれない)。また爬虫類形態は昭和頃の目撃例では皿や甲羅がない個体が多く、宇宙人の典型的外形となったグレイ (宇宙人)|グレイと酷似する為、目撃者がグレイと誤認したのではないかと見られる事例が「新耳袋」に掲載されている。河童はアメリカのドーバーデーモンや蛙\xA1 CK!"%A%e%Q%+%V%i!"$^$?%"%/%"@b$N=m86?M$H$bFCD'$,N`;w$7$F$$$k!#>0!"?M4V$N?,>.6L$rH4$$$?$j!"5mGO$r68$o$;$?$j$9$k$H$$$o$l$k$h$&$J9TF0$K$D$$$F$OUMAでいう河童では分かっていない。茨城県牛久市では河童の目撃情報があり、警察が駆けつけると水銀を含んだ河童の足跡と見られるものが残っていた。江戸時代の書記等にも目撃談が記されている。



    河童を題材とした作品




    [小説]


  • 芥川龍之介『河童 (小説)|河童

  • 火野葦平『石と釘』


    [漫画]


  • 水木しげる『河童の三平』

  • 石川優吾『カッパの飼い方』

  • 清水崑『かっぱ天国』

  • 花輪和一『天水』

  • 鈴菌カリオ 『Sillyなコダマ!!』


    [TV番組]


  • 河童の三平 妖怪大作戦(東映)

  • 『かっぱまき』

  • まんが日本昔ばなし『河童のくれた妙薬』『河童の雨乞い』



    [映画]


  • 河童 KAPPA』(石井竜也監督)

  • 『大巨獣ガッパ』(日活)

  • 河童のクゥと夏休み』(原恵一監督)

  • 河童 (小説)|河童』(秋原正俊)


    [CM]


  • 黄桜:清水崑(初代)、小島功(二代目)原画によるアニメーション

  • キンチョウリキッド(大日本除虫菊):山瀬まみが河童の着ぐるみで出演

  • ソフレ(ツムラ):篠原涼子が河童のパペットと掛け合い。

  • ディーシーカード|DCカード:中井貴一が河童、タヌキの着ぐるみと掛け合い。


    [キャラクター]


  • カータン:フジテレビジョン|フジテレビ系列で放送された幼児番組「ママとあそぼう!ピンポンパン」にでていた着ぐるみ。大竹宏が演じた。

  • カッパ、かぱちゃん:アランジアロンゾのキャラクター。

  • となりのカッパさんち。:サンリオのキャラクター。

  • いまだにものごいかっぱ:有限会社ハンディが製作したキャラクター。

  • かっぱ君:漫画「伝染るんです。」に登場するかわうその友達。

  • かっぱ河太郎:合羽橋道具街にある像。

  • カッパ姫、カッパ王子、カッパ侯爵、カッパたん:ゲーム「ごきんじょ冒険隊」に登場するキャラクター(カッパ侯爵、カッパたんはモンスターとして登場)。

  • かっぺい、ぱっぴい:阪急かっぱ横丁のマスコット。

  • カッペイ(うんてんしゅ):ゲーム「どうぶつの森」のキャラクター。船乗りで「おいでよ どうぶつの森」では運転手として出てくる。

  • カワワッパ:ゲーム「アヴァロンの鍵」に登場するモンスター。

  • かりんちゃん:岩手県遠野市のイメージキャラクター。

  • かっぱ寿司の社名及びキャラクター

  • かぁたん:漫画「カッパの飼い方」で主人公の「私」が飼っている仔河童

  • 沼野三太:日本放送協会|NHK教育テレビで放送中の人形劇の『バケルノ小学校ヒュードロ組』のキャラクター。堀絢子が演じている。

  • 銀魂の登場人物一覧#天人|海老名:『銀魂』に登場した河童のような姿をした天人(宇宙人)。

  • 沙原くぐる・ちょちょ丸姉妹:ぺとぺとさんに登場する。姉妹だが仲が悪い。

  • 竹田くん・メレちゃん・カウカウくん:フラカッパーのキャラクター。

  • ひまわりっ!のゆすらの彼氏の米澤くん。

  • ペタンコ カパちゃん:マインドウェイブのキャラクター。

  • ぱちゃぽ:日本水泳連盟のマスコットキャラクター。

  • おカッパちゃん:定山渓温泉のマスコットキャラクター。

  • 遠野さん:ながされて藍蘭島のキャラクター

  • 河城 にとり:東方Projectのキャラクター

  • ノホホ、青木さん:pop'n musicのキャラクター


    [音楽]


  • 河童ばやし:うしくかっぱ祭りテーマ曲。作詞:中島清治、作曲:福田正、歌:鎌田英一。

  • かっぱまきマキ:作詞・作曲:TAMAYO、歌:濱田マリ|河童巻。

  • かっぱが川辺でわっしょいしょい:作詩・作曲・歌:蜂谷清香

  • 芥川龍之介の河童:東方風神録BGM。作曲:ZUN(上海アリス幻樂団)

  • 河童をどり:作詞・作曲:瞬火、歌:陰陽座。陰陽座の5thアルバム「夢幻泡影」に収録。

  • 河童ブギウギ:作詞:藤浦洸 作曲・編曲:浅井挙曄 美空ひばりのデビュー曲。



    河童に由来する地名


  • 合羽橋(東京)

  • カッパ淵(遠野市)



    牛久沼と小川芋銭

    茨城県の牛久沼には、「悪さをする河童を捕まえ松の木に括り付けたが、改心したので逃がしてやると、河童が草刈りをしてくれた」、「河童の手を拾って河童に返したところ、河童が万能の膏薬の作り方を教えてくれた」等、河童にまつわる伝説が多く残っている。生涯の殆どを牛久沼のほとりで暮らした日本画家の小川芋銭は、河童を好み多数の河童の絵を残した事から『河童の芋銭』として知られている。
    晩年には画集『河童百図(1938年)』を出版している。



    脚注・出典




    関連項目


  • 日本の妖怪一覧

  • 未確認動物

  • 自然霊

  • 水妖

  • 肥薩線#ディーゼル快速「九千坊号」|肥薩線 ディーゼル快速「九千坊号」

  • メドチ

  • 禰々子

  • かっぱえびせん

  • 遠野物語



    外部リンク


  • UshiQネット 小川芋銭記念館:小川芋銭が描いた河童の絵が多数紹介されている。

  • 各地の河童の話:「小説家隆慶一郎(脚本家池田一朗)公式サイト」より

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    2008年03月16日

    妖怪[蟻鞍の婆]

    妖怪事典蟻鞍の婆


    蟻鞍の婆(ありくらのばば)とは岐阜県高山市で伝承される老婆の姿をした妖怪。



    概要

    不思議な術を使う仙人のような存在として伝承されており、飛騨考古土俗学会が1935年に発刊した『ひだびと』には、「岩瀧の昔話」として小烏山が噴火の予兆を示した際、7日目に祈りを捧げ山の鳴動を止めたり、温泉に馬の爪を投げ入れ、ただの水に変えてしまったりした、というような逸話が残されている。



    外部リンク


  • 国際日本文化研究センター「怪異・妖怪伝承データベース」アリクラノババ

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    2008年03月15日

    妖怪[あやかしの怪火]

    妖怪事典あやかしの怪火


    あやかしの怪火(あやかしのあやしび)とは、石川県などに伝わる伝承をもとにした妖怪。単に怪火(あやかしび)とも。別名は、そうはちぼん、ちゅうはちぼん。



    概要

    山の中腹を不気味な光を放ちながら群れて移動する。『気多古縁起』によれば神通力を用いて自由自在に空中を浮遊する光の玉であるとの記述が見られ、未確認飛行物体|UFO研究者などからは「江戸時代に現れたUFOの事ではないだろうか」などと言われている(参考:読売新聞:とくだね紀行)。また対馬では夕暮れに海岸に現れるといい、火の中に子供が歩いているように見えるという。沖合いでは怪火が山に化けて船の行く手を妨げるといい、山を避けずに思い切ってぶつかると消えてしまうといわれる多田克己 『幻想世界の住人たち IV 日本編』 新紀元社、1990年、181頁。



    そうはちぼん

    そうはちぼんとは元々は仏具であり、楽器のシンバルのような楕円形の形をしている。UFOの町として名高い石川県羽咋市では『そうはちぼん伝説』が各地に伝承されており、その特徴などからUFOと絡めて扱う書物が多い為か、あやかしの怪火は他の一般的な火の玉、鬼火などとは異なった捉えられ方をしている。



    脚注・出典




    関連項目


  • 未確認飛行物体


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    2008年03月14日

    妖怪[油すまし]

    妖怪事典油すまし


    油すまし
    油すまし(あぶらすまし)とは、熊本県に伝わる日本の妖怪の一種。



    概要

    全身に蓑を羽織り、油の入った瓶を持った老人の格好をしており、草陰から突如出現し、通行人を驚かせる。その正体は油を盗んだ罪人の亡霊と言われていたが『幻想動物辞典』- 草野巧,ISBN 9784883172832、実際には伝承が少なく謎の妖怪であり、有名な蓑を羽織った地蔵のような姿も実際には水木しげるの創作である(文楽に用いられる「蟹首」という名称の人形の頭がモチーフ)。2004年に天草諸島で「すべり道の油すましどん」と呼ばれる石像の一部が見つかるも、それにまつわる言い伝えは一切不明となっている朝日新聞「栖本町-油すましどんの里」。油絞りの職人がまつられて神になったものが、時を経て妖怪に変じたようだ西日本新聞WordBOX-妖怪・油すまし。初出となる「天草島民俗誌」には油ずましの名称で記載されている。それによれば熊本の天草郡栖本村字河内(現・天草市)と下浦村(同じく現・天草市)とを結ぶ草隅越という峠道に現れたとされ、孫を連れた老婆がそこを通りながら、昔この地に油瓶をさげた妖怪が現れたと孫に話していると、「今も出るぞ」と言いながら油ずましが現れたという『妖怪事典』- 村上健司,ISBN 9784620314280



    登場作品




    [ 漫画 ]


  • 水木しげるの漫画「ゲゲゲの鬼太郎」では初期の作品には登場しないが、1986年以降は鬼太郎ほか多くの妖怪がすむゲゲゲの森の村長という設定で登場するようになる。
    新しい妖怪がゲゲゲの森に住むには、村長である油すましの許可が必要とされている。
    将棋好きというキャラクターを与えられている。

  • 水木しげるの漫画「悪魔くん」(少年マガジン版)では髷を結い、小豆とぎと組んで悪魔くん&メフィストと戦った。

  • 立花晶の漫画「サディステック・19|サディスティック・19」にレギュラーで登場、愛称はすまちゃん。言葉を語らず仕草で対話する。

  • 小山田いくの漫画「すくらっぷ・ブック」では、主人公の一人・柏木晴がギャグ的に変化する姿としてしばしば登場していた。

  • 漫画「パタリロ」で主人公のパタリロがよく間違えられる


    [ 映画 ]


  • 大映映画の「妖怪大戦争 (1968年の映画)|妖怪大戦争」では日本の妖怪の取り纏め役を務めている。

  • 上記の大映映画シリーズに登場した油すましのオマージュとして、化け地蔵という名の類似した外見を持つキャラクターが「さくや妖怪伝」に登場している。


    [ 特撮番組 ]


  • 『笛吹童子#テレビ|新諸国物語 笛吹童子』(1972年)のレギュラーに油すましの三太郎が登場する。

  • 『怪奇大家族』(2004年)のエンディングに油すましのような妖怪がイラストで登場しており、本作に前述の「さくや妖怪伝」の妖怪が流用された事を考えれば、化け地蔵の登場が予定されていたのかもしれないが、結局登場せず、真相は不明。


    [ ゲーム ]


  • ソニー・コンピュータエンタテインメント|ソニーのRPG、「ワイルドアームズ ザ フィフスヴァンガード」に「オイルすまし」という名のモンスターが登場する。名称、蓑を羽織った姿、手に持った酒瓶から、水木しげる版油すましのパロディであると思われる。



    脚注





    関連項目


  • 日本の妖怪一覧



    参考文献


  • 京極夏彦「妖怪の理 妖怪の檻」:角川書店 ISBN 978-4-04-883984-6-C0095



    外部リンク


  • 国際日本文化研究センター怪異・妖怪伝承データベース

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    2008年03月13日

    妖怪[おさん狐]

    妖怪事典おさん狐



    おさん狐(おさんきつね)、またはおさんわ狐とは、美人|美女に化けて妻帯者や恋人のいる男へ言い寄ってくる狐の妖怪。西日本、特に中国地方に多く伝わる村上健司 『妖怪事典』 毎日新聞社、2000年、79頁。



    概要

    おさん狐は痴話喧嘩を好み、嫉妬深い一面がある。現代において、恋路を邪魔する女性や浮気相手の女性に対し、蔑称として女狐と呼ぶ場合があるが、このような呼称はこの妖怪が発祥とされている。大阪府北河内郡門真村(現・門真市)では「お三狐」という表記を当てており、執念深い性格とされている。鳥取県では、八上郡 (因幡国)|八上郡小河内(現・鳥取市)のガラガラという場所におさん狐が棲んでいたという。谷口與忽平という男が美女に化けたおさん狐に化かされそうになり、火であぶって正体を暴き、二度と悪さをしないことを条件に逃がした。数年後、伊勢参りへ行った小河内の者が伊賀山中で1人の娘に会い、「與忽平はまだ生きているか」と尋ねられ、生きていると答えると「やれ恐ろしや」と逃げたという荻原直正 『因伯伝説集』 牧野出版社、1974年、118-119頁。。広島県広島市中区 (広島市)|中区江波地区 (広島市中区)|江波地区の江波皿山公園|皿山公園付近に棲んでいたおさん狐は年齢80歳、500匹の眷属を操り、京参りをしたり、伏見区|伏見に位をもらいに行ったりと風格のある狐で、決して人を殺めることはなく、地元では愛される存在だったという。終戦の頃には、この子孫とされる狐が町の住人たちに食べ物をもらって生きていたという。現在では江波2丁目の丸子山不動院に小さな祠が祀られており、江波車庫前駅前の中央分離帯には立ち上がった姿の狐像がある(画像参照)広島を代表する化け狐おさん『怪』-KWAI Network-内) 2008年2月11日閲覧



    登場作品
    財団法人宮城県史刊行会が1956年に発刊した『宮城県史』に宮城県東松島市六槍という地において、狐が女性に化けてあらわれ、通行人をたぶらかしたという伝承が残されている。

    また、新潟県民俗学会が1935年に発刊した『高志路1巻』において、『長四郎狐の居なくなった理由』という物語の登場人物として出てくる他、1939年に発刊した『高志路5巻』の『郷土の伝説』においてもその名を見ることができる。



    脚注・出典




    外部リンク


  • 国際日本文化研究センター怪異・妖怪伝承データベース


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    2008年03月12日

    妖怪[茨木童子]

    妖怪事典茨木童子




    茨木童子(いばらきどうじ)は、平安時代に大江山を本拠に京都を荒らし回ったとされる「鬼」の一人。酒呑童子(しゅてんどうじ)の最も重要な家来であった。出生地には、摂津国(大阪府茨木市水尾、または兵庫県尼崎市富松)という説と、越後国(新潟県旧栃尾市、現在の長岡市の軽井沢集落)という説がある。生まれた頃から歯が生え揃っていた、巨体であったなど周囲から恐れられ、鬼と化した後は酒呑童子と出会い舎弟となり、共に京を目指した。酒呑童子一味は大江山(丹波国にあったとされるが、現在の京都市と亀岡市の境にある大枝山という説もある)を拠点にし、京の貴族の子女を誘拐するなど乱暴狼藉をはたらいたが、源頼光と4人の家臣たち(頼光四天王)によって滅ぼされたという。 しかし茨木童子は逃げ延びたとされ、その後も頼光四天王の一人である渡辺綱と一条戻り橋や羅生門で戦った故事が後世の説話集や能、謡曲、歌舞伎などで語り継がれている。



    出生




    [ 越後説 ]

    茨木童子(ここでは茨城童子とも書く)は酒呑童子と同じく越後国|越後出身との説がある。酒呑童子は蒲原郡の砂子塚(現・新潟県分水町砂子塚)生まれで国上寺の稚児だったが、茨木童子は古志郡の山奥の軽井沢(現・新潟県長岡市軽井沢)の生まれでやはり弥彦神社に預けられていた。同地には酒呑童子と茨木童子が相撲を取った場所があり、茨木童子を祀る祠がある。またこの地区は「茨木」姓が多く、茨木姓の家では節分に豆をまかない習わしがあり、また家の屋根に破風を作るとその家では不良が出るので作らないという言い伝えがあるという。美男子で知られ娘たちから山ほど恋文を送られていた外道丸こと酒呑童子同様、茨木童子も美少年として多くの女性に言い寄られ、将来を案じた母親に弥彦神社に送られることになった。と\xA1 $3$m$,$"$k;~LoI'?@:$C$F5$$r<:$$!"5$$E$/$H54$X$HJQ$o$j2L$F$F;{$+$iF($2$F0-$N8B$j$r?T$/$9$h$&$K$J$C$F$$$?!#茨木童子は舎弟となり共に周囲の村々を襲っていたが、そのうわさを聞いた母が、彼の幼い頃の産着を着けて茨木童子の前に立つと、茨木童子は急に子供の頃の想い出が甦ったか、「二度とこの地を踏まぬ」と約束して、酒呑童子とともに信州戸隠山|戸隠などを経て京へと向かった。


    [ 摂津説 ]

    酒呑童子の出生地にはほかにも伊吹山麓など有力な説があるが、茨木童子の出生地についても兵庫県尼崎市や大阪府茨木市の説もあり、『摂津名所図会』・『摂陽研説』・『摂陽群談』などの資料ではこれらを採っている。1701年刊行の『摂陽群談』では、 摂津国の富松の里(現・兵庫県尼崎市)で生まれ、茨木の里(茨木市)に産着のまま捨てられていたところを酒呑童子に拾われ茨木の名をつけて養われたとある。また『摂陽研説』では、茨木童子は川邊郡留松村(富松と同じく尼崎市の一部)の土民の子であったが、生まれながらに牙が生え、髪が長く、眼光があって成人以上に力があったので、一族はこの子を怖れて島下郡茨木村の辺りに捨て、酒呑童子に拾われたという。茨木市の伝承では、茨木童子は水尾村(現・茨木市)の生まれだが、16ヶ月の難産の末に生まれたときにはすでに歯が生え揃い、生まれてすぐに歩き出して、母の顔を見て鋭い目つき\xA1 $G>P$C$?$?$aJl$O%7%g%C%/$GK4$/$J$C$?!#Ic$O54$N$h$&$J@V;R$r;}$FM>$7!"NY$N0qLZB<$N6eF,?@!J$/$:$,$_!K$N?96a$/$K$"$kH17k$$|髪結床屋の前に捨て、以後茨木童子は子のいなかった床屋夫妻の子として育った。幼くして体格も力も大人を凌いだ童子を床屋も持て余したが、床屋の仕事を教えて落ち着かせることにした。ところがある日、童子はかみそりで客の顔を傷つけてしまい、あわてて指で血をぬぐったものの、指をきれいにしようと血をなめるとその味が癖になってしまい、以後わざと客の顔を傷つけては血をすするようになった。床屋に怒られた童子は気落ちして近くの小川の橋にもたれてうつむいていると、水面に写る自分の顔がすっかり鬼になってしまっているのに気づき、床屋には帰らずに北の丹波の山に逃げ、やがて酒呑童子と出会い家来となったと言う。その橋は「茨木童子貌見橋(すがたみばし)」と呼ばれていたが現存せず、跡地に碑が立っている。



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    酒呑童子の一味による被害があまりにも大きく、源頼光が鬼退治に行くこととなり、配下の頼光四天王(渡辺綱・坂田金時・碓井貞光・卜部季武)や友人の藤原保昌ら、総勢五十数名とともに大江山に向かった。山伏の姿になった一行はさまざまな人々の助けを得ながら、一晩の宿を求める振りをして酒呑童子の本拠にはいることに成功した。その晩は酒盛り上がり、深夜、酔って動かなくなった酒呑童子の一味の鬼たちを頼光らは残らず退治した。ただし、茨木童子のみは渡辺綱と戦っていたところ、酒呑童子の討たれるのを見てこれはかなわないと退却し、唯一逃げるのに成功したという。



    渡辺綱と茨木童子の戦い

    渡辺綱と茨木童子の物語は

  • 『平家物語・劔巻』

  • 『太平記』

  • 『前太平記』

  • 『源平盛衰記』
    などに出てくるほか、

  • 『御伽草子』

  • 『茨木』(歌舞伎)

  • 『戻橋』(歌舞伎)

  • 『羅生門』(能)

  • 『綱館』(長唄)
    にも登場し、それぞれ細部が異なっている。おおむね、''「渡辺綱が茨木童子の腕を切り落とすが、茨木童子は腕を取り戻しに綱の元へやってくる」''というものである。また上記の伝承を元に木原敏江が1978年タイトル「大江山花伝」で漫画化、同作は1986年宝塚歌劇団雪組本公演で柴田侑宏脚色・演出で舞台化(茨木童子役は平みち)された。


    [ 一条戻橋 ]

    茨木童子が出現するのは、堀川にかかる一条戻橋の上というパターン。若い美女が道に困っていたため、渡辺綱が馬に乗せてやると、女は突然鬼の姿になって綱の髪の毛を掴み、空中に飛び上がって愛宕山 (京都市)|愛宕山に連れ去ろうとした。綱は慌てず名刀・髭切で鬼の腕を切って難を逃れた。綱は、切り取った鬼の腕を源頼光に見せた。頼光が陰陽師(安倍晴明だとする話もある)に相談したところ、「必ず鬼が腕を取り返しにやって来るから、七日の間家に閉じこもり物忌みをし、その間は誰も家の中に入れないように」と言われた。それから数日間、茨木童子はあらゆる手を用いて綱の屋敷へ侵入しようとするが、綱の唱える仁王経や護符の力で入ることができなかった。ついに七日目の晩になって、摂津の国から綱の伯母・真柴(伯母ではなく養母が来るという話もある)が綱の屋敷にやってきた。綱は事情を話し決して伯母を屋敷に入れなかったが、年老いた伯母は「幼いころ大切に育てた報いがこの仕打ちか」と嘆き悲しんだので綱\xA1 $O;EJ}$J$/8@$$$D$1$rGK$C$FGlJl$r20I_$KF~$l$k!#$H$3$m$,!"$3$NGlJl$O茨木童子の化けた姿だった。伯母の姿のまま、綱が切り取ったと言う鬼の腕を見たいと言い、封印された唐櫃から出されてきた腕を手にとってじっくり見ていると、突然伯母は鬼の姿に戻った。そして腕を持ったまま飛び上がり、破風を破って空の彼方に消えたという。


    [ 羅生門 ]

    『今昔百鬼拾遺』
    渡辺綱が茨木童子の腕を切り落とすのは羅生門という筋のものもある。大江山の鬼退治が終わってしばらくした頃、源頼光以下四天王たちが集った酒宴の席で、近頃羅生門に鬼が出るという話になった。#ならばと全員で度胸試しに出かけると、綱の番になって門に入ると鬼に出会ってしまい、格闘の末、鬼の腕を切り落とした。
    ・まさか鬼の生き残りがいるわけがないと思った綱が羅生門に行ってみると、そこには茨木童子(または美女にばけた茨木童子)がいて、やはり格闘の末、鬼の腕を切り落とした。その後、同様に茨木童子は姿を変え、腕を取り戻しに現れる。



    茨木童子のその後

    腕を取り戻した後の茨木童子の行方は定かではない。摂津の民話では、しばしば実家に帰った話や、実家に帰ったが追い返された話などがある。



    外部リンク


  • 怪異・妖怪伝承データベース

  • Fantapedia〜幻想大事典 茨木童子

  • 茨木童子



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    2008年03月11日

    妖怪[いわえつぅんない]

    妖怪事典いわえつぅんない


    イワエツゥンナイは、北海道アイヌ民族に伝わる妖怪。山の中に棲んでいる一つ目の化け物で、空を飛ぶことができる。進路が障害物で阻まれている際には、樹木であろうが硬い岩であろうが、どんなものでも突き抜けて襲ってくるという。障害物に穴を開けて通り抜けるという説もある。



    関連項目


  • 日本の妖怪の一覧



    参考文献


  • 村上健司 『妖怪事典』 毎日新聞社、2000年、48頁、ISBN 4-6203-1428-5


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    2008年03月10日

    妖怪[一本だたら]

    妖怪事典一本だたら


    一本だたら(いっぽんだたら)とは、妖怪の一種。雪の降った翌朝、雪の上に足跡を残していく。足跡は30cmほどの巨大さで、片足だけの足跡が続いている。別の地方にも同種のものが出現し、雪入道、雪ん坊など呼ばれている。どんな場合も足跡だけであって姿を見た者は居ないが、1本足で一つ目、手が2本ある巨人 (伝説の生物)|巨人と想像されている。



    ダイダラボッチ

    熊野(和歌山県)の山中にしばしば出現するといわれる。片眼片脚の大男。 ダイダラボッチとも呼ばれている。 (→ダイダラボッチ参照)

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    2008年03月09日

    妖怪[あやかしの怪火]

    妖怪事典あやかしの怪火


    あやかしの怪火(あやかしのあやしび)とは、石川県に伝わる伝承をもとにした妖怪。単に怪火(あやかしび)とも。別名は、そうはちぼん、ちゅうはちぼん。



    概要

    山の中腹を不気味な光を放ちながら群れて移動する。『気多古縁起』によれば神通力を用いて自由自在に空中を浮遊する光の玉であるとの記述が見られ、未確認飛行物体|UFO研究者などからは「江戸時代に現れたUFOの事ではないだろうか」などと言われている。(参考:読売新聞:とくだね紀行



    そうはちぼん

    そうはちぼんとは元々は仏具であり、楽器のシンバルのような楕円形の形をしている。UFOの町として名高い石川県羽咋市では『そうはちぼん伝説』が各地に伝承されており、その特徴などからUFOと絡めて扱う書物が多い為か、あやかしの怪火は他の一般的な火の玉、鬼火などとは異なった捉えられ方をしている。



    関連項目


  • 未確認飛行物体


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    2008年03月08日

    妖怪[大鯰]

    妖怪事典大鯰


    大鯰(おおなまず)は、巨大なナマズの姿をした、日本の伝説の生物一覧|伝説の生物。地下に棲み、身体を揺することで地震を引き起こすとされる。

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    2008年03月07日

    妖怪[鬼]

    妖怪事典


    (おに)は、日本の妖怪。民話や郷土信仰に登場する悪い物、恐ろしい物、強い物を象徴する存在。そこからという言葉には「強い」「悪い」という意味もある。( (曖昧さ回避)でも説明。)『今昔画図続百
    大江町 (京都府)|大江町)
    Image:Oni2WP.jpg|thumb|の像(大分県別府市)
    (兵庫県三木市蓮花寺)



    近・現代の

    現代の日本人が、「」と言われて一般的に連想する姿は、頭に角と巻き毛の頭髪を具え、口に牙を有し、指に鋭い爪が生え、虎の毛皮の褌を腰に纏い、表面に突起のある金棒を持った大男である。これは、丑の方と寅の方の間の方角(艮:うしとら)を門と呼ぶことによるもので、牛の角と体、虎の牙と爪を持ち、虎の皮を身に付けているとされた。この姿は平安時代に確立したものである。余談だが、丑寅の方角を門とする時、その対にあたる方角、猿(申).雉(酉).犬(戌)に守護の役を与え、退治に向かう桃太郎もある種の意味を持つと推測できる。酒呑童子は赤毛で角があり、髭も髪も眉毛もつながっており、手足は熊の手のようであるとされている。
    は元々はこのような定まった姿は持っておらず、後述する語源の「おぬ(隠)」の通り姿の見えないこともあった。まれには、見目麗しい異性の姿で現れて若い男や女を誘うことがある。
    現在のの姿は仏教の羅刹が混入したものである。民話に登場するは、金または栗色の髪で赤い肌である事が多い為、ロシア方面などからの海賊を、外国人を知らない民衆が見て怪物だと思い込んだのではないかとも言われている(色素の少ない肌は日焼けすると赤くなる)。



    由来

    「おに」の語はおぬ(隠)が転じたもので、元来は姿の見えないもの、この世ならざるものであることを意味した。そこから人の力を超えたものの意となり、後に、人に災いをもたらす伝説上のヒューマノイドのイメージが定着した。さらに、陰陽思想や浄土思想と習合し、地獄における閻魔|閻魔大王配下の獄卒であるとされた。
    昔の人はを人間の悪い心と考えていた。



    説話文学に見られる




    [ 百夜行 ]

    夜行とは、平安時代に都の中を歩いてゆくとされた化け物行列のことである。『宇治拾遺物語』巻一の十七で修行僧が龍泉寺という寺で、百夜行に遭った話が伝わっている。また、『今昔物語集』にも巻第十四に若者が百夜行に遭ったという話が伝わっている。当時、百夜行を目撃すると死んだり病気になるなどと恐れられていたが、この二つの話はどちらも信仰が身を助けたという話になっている。


    [ 赤・青 ]

    『宇治拾遺物語』巻一には、瘤取り爺の説話が所収されているが、爺が目撃したとして、赤い者や目が一つの者、口がない者など様々な異形な者がいたとされている。


    [ 藤原千方の四 ]

    藤原千方に使役されたと言われる四人の。藤原千方の四を参照のこと。


    [ 羅刹国 ]

    『今昔物語集』に登場する女性のしか存在しない島。後に日本の南方あるいは東方に存在すると信じられるようになった。羅刹国を参照のこと。



    仏教の


  • 生前に貪欲であった者は、死後に餓道におち、餓となるとされている。

  • また、地獄で閻魔の配下として、が獄卒の役を務めているとされる。



    と人

    人に化けて、人を襲うの話が伝わる一方で、憎しみや嫉妬の念が満ちて人がに変化したとする話もある。代表的な例としては、能の「鉄輪」や「紅葉狩 (能)|紅葉狩」に、嫉妬心からと化した女性の話が伝わっている。



    具体的な(またはとされた人間)

    名のあるは「童子」と呼ばれることが多い。

  • 酒呑童子(しゅてんどうじ)

  • 茨木童子(いばらきどうじ)

  • 紅葉伝説|紅葉(もみじ)

  • 黒塚|安達ヶ原の婆(あだちがはらのおにばば)

  • 牛頭馬頭(ごずめず)

  • 速疾(そくしつき)

  • 独脚(Tokebi)

  • 両面宿儺(りょうめんすくな)
    など



    と関わりの深い地


  • 大江山 酒呑童子が住んでいたとされる。麓の京都府大江町 (京都府)|大江町(現・福知山市)は、「の里」との町おこしで有名。

  • 伊吹山

  • 住山,笹苞山 鳥取県伯耆町に残る日本最古の伝説の舞台。

  • 岩手県北上市

  • 大分県中津市 同市の宝山大剰院にのミイラらしきものがある。

  • 安久美神戸神明社 愛知県豊橋市にある神明神社。''天下の奇祭''と呼ばれる国指定重要無形民俗文化財の祭が行われる。
    この他、日本全国に形を変えての伝承が伝わっている。



    中国における「

    中国で(グウェイ)という場合、死霊、死者の霊魂のことを指す。日本で言う「亡霊」の方がニュアンスとして近い。中国では、直接と呼ぶのはタブーであることから、婉曲して好兄弟ともいう。また日本にもこの思想が入っており、人が死ぬことを指して「籍に入る」などと言う言い方がある他、元来の意味合いと混交したイメージでも捉えられている。従って、中国語で「−」と言う表現は、必ずしも勇猛等を意味しない。戦前の日本軍で、ある将官が「将軍」と渾名され、当人は軍人として誇りにしていたが、実はその痩せた風貌を揶揄したものであったというエピソードがこれを物語る。文禄・慶長の役の際、島津義弘の率いる軍勢を明軍は「石曼子」と言って恐れたとの逸話においても「 B54」はその勇猛さよりも、つまらない奴や忌々しい奴という蔑視表現に使われる。かつて中国民衆が日本の総理大臣を「小泉小」と呼ぶことがあったが、日本の総理を恐れるのではなく小馬鹿にする表現であった。



    から派生した用語


  • 現象 

  • 地名 押出、ヶ島、ヶ城、ヶ城山、

  • 造形 

  • 遊び ごっこ

  • 生物 オニヤンマ

  • その他 多数



    創作における




    [ 文学 ]

    童話などにも数多く登場し、多くは主人公に倒される。代表的な例としては、一寸法師、桃太郎などがあげられる。この退治のモチーフは、古くから見られ、渡辺綱は酒呑童子など多くのを退治したとされている。近世になると、『泣いた赤』(浜田廣介)や『おにたのぼうし』(あまんきみこ)など、はただ悪いだけではなく、悪いとされているけれども優しい心を持つ者もいるという童話が見られるようになる。*『桃太郎』

  • 『こぶとりじいさん』

  • 『泣いた赤』(浜田廣介)

  • 『おにたのぼうし』(あまんきみこ)童話の他では、架空の生物であるため、文学作品としてはファンタジーもしくはサイエンス・フィクション|SF的なものに限定される。

  • 「青の褌を洗う女」「桜の森の満開の下」(坂口安吾)

  • 』(中編集)(西村寿行)

  • 『死にかた』(短編)(筒井康隆)


    [ 漫画 ]

    虐げられた異形の存在としてのが登場する場合も多数ある。

  • 永井豪作品。あるいは非情・非論理的な暴力の象徴として、あるいは虐げられた異形の存在として、永井豪はを作品の中心的存在として取り上げてきた。
    -2889年の反乱-』
    『手天童子』

  • ゲッターロボシリーズ
    :敵に百帝国が登場。もとからだった者と人間から改造された者がいる。また、OVA新ゲッターロボでも謎の敵として、や巨大なの姿をした獣が登場する。

  • 切丸』

  • 『うる星やつら』(高橋留美子)
    :の姿をした宇宙人の少女「ラム (うる星やつら)|ラム」が登場するが、あくまでも「の姿をした宇宙人」である。

  • 『地獄先生ぬ〜べ〜』
    :地獄のが登場。主人公の左手にもが封じられており、これを用いて除霊などを行う。悪と同時に強さの象徴でもある。

  • 『遙かなる時空の中で』
    :と呼ばれ差別されている者たちが登場する。「金髪碧眼」が特徴のため、外国人に対する古代日本人の恐怖の念から来ているのであろう。

  • 『ひぐらしのなく頃に』

  • 『シャーマンキング』

  • 『桃組+戦記』


    [ 実写 ]


  • 『百獣戦隊ガオレンジャー』
    :オルグ(の英語名ogreから来ていると思われる)と呼ばれる敵が登場する。それらは主に付喪神のようなコンセプトであり、また、ボス(ハイネスデューク)であるシュテン、ウラ、ラセツはそれぞれ酒呑童子、温羅、羅刹といった著名的なの名前が使われている。

  • 『仮面ライダー響
    :厳しい修行をつみ、変身能力を得た人間のことをと呼ぶ。この作品ではを善の存在に位置づけている。

  • 『仮面ライダー電王』
    :主人公に憑依したイマジン(怪人)・モモタロスは、そのイメージにより『桃太郎』の赤の姿となった。


    [ アニメ ]


  • 『おじゃる丸』

  • 『地獄先生ぬ〜べ〜』


    [ 楽曲 ]


  • 『赤と青のタンゴ』(尾藤イサオ)
    :日本放送協会|NHK『みんなのうた』で歌われた楽曲。

  • たいじ』(森高千里)
    :『古今東西〜が出るか蛇が出るかツアー』では舞台にが登場する演出がされた。



    ジェスチャー

    基本的には怖いものであり、またの顔も怒った表情である事が多い為、誰か(第三者)が怒っているという事や、機嫌が悪いという事などを示す手段として、両手の人差し指を立てて、の角に見立てて頭の上に掲げるジェスチャーが存在し、話し相手に(当人に気づかれない様に)その人とのトラブルに巻き込まれない様に、注意を促す目的で使用される事が多い。



    関連項目
    *節分

  • 日本のの交流博物館

  • 二十八宿

  • 大江町 (京都府)|大江町(現・福知山市)             



    外部リンク


  • サミット


  • オニさん、こちら

  • 能面 長澤重春能面集:生成

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  • posted by 龍 at 04:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 妖怪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

    2008年03月05日

    妖怪[伴かづぎ]

    妖怪事典伴かづぎ


    トモカヅキとは三重県鳥羽市及び志摩市に伝わる海人|海女の妖怪伝承である。海女が潜ると自分一人だけのはずであるのに、自分そっくりの身なりの人がいるという。このトモカヅキは、暗い場所へと誘う、また鮑を差し出すという。この誘いにのると潜水時間が長くなり、命が奪われることになる。海中作業中の譫妄状態であるとも言われる。なお、「カヅキ」とは海女のことである。



    関連項目


  • 鳥羽市

  • 志摩市

  • セーマンドーマン − トモカヅキ除けのお呪い。

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  • posted by 龍 at 04:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 妖怪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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