2008年07月09日

妖怪[一本だたら]

妖怪事典一本だたら



一本だたら、一本踏鞴(いっぽんだたら)とは、日本に伝わる妖怪の一種で、熊野(和歌山県)の山中などに棲み、一つ目で一本足の姿をしている。



概要

和歌山と奈良県の境の華無山脈では12月20日のみ現れるといい、この日は「果ての二十日」と呼ばれて厄日とされた。華無の名の由来は「果ての二十日」に人通りが無くなるからだともいう村上健司編著 『妖怪事典』 毎日新聞社、2000年、40頁。ISBN 4-620-31428-5。。奈良県の伯母ヶ峰山でも同様に、12月20日に山中に入ると一本だたらに遭うといい、この日は山に入らないよう戒められている。こちらの一本だたらは電柱に目鼻をつけたような姿といい、雪の日に宙返りしながら一本足の足跡を残すという。また伯母ヶ峰山の一本だたらは、猪笹王というイノシシ|猪の霊が化けた鬼神を指すこともある。猪笹王は旅人を食い殺して人々から恐れられていたが、ある高僧が地蔵を勧請したことでこの凶行は止んだ。しかぁ 7G/$K0lEY!"12月20日だけは猪笹王が自由になるのだという宮本幸枝・熊谷あづさ 『日本の妖怪の謎と不思議』 学習研究社、2007年、75頁。ISBN 4-056-04760-X。。人間を襲うという伝承が多いが、なぜか郵便屋だけは襲わないといわれる。名称の「だたら」はたたら吹き|タタラ師(鍛冶師)に通じるが、これは鍛冶師が重労働で片目と片脚が萎えること、一本だたらの出没場所が鉱山跡に近いことに関連するとの説がある多田克己 『幻想世界の住人たち IV 日本編』 新紀元社、1990年、39頁。ISBN 4-915-14644-8。(隻眼#神話・伝説の中の隻眼を参照)。一つ目の鍛冶神、天目一箇神(あめのまひとつのかみ)の零落した姿であるとも考えられている。2004年春には、和歌山県田辺市の富田という地域の田で1本足の足跡が発見され、「鼻 YED$N$,$7$c$s$\!W$H8F$P$l!"一本だたらやかしゃんぼ|がしゃんぼ(かしゃんぼ)の復活かと話題になった山口敏太郎・天野ミチヒロ 『決定版! 本当にいる日本・世界の「未知生物」案内』 笠倉出版社、2007年、105頁。ISBN 4-773-00364-2。。奈良県吉野郡の松本工房では、一本だたらの伝承をもとにした民芸品「一本足だたらこけし」を2005年より販売しており、妖怪土産として秀逸な一品との声もある宮本幸枝著・村上健司監修 『大人が楽しむ地図帳 津々浦々「お化け」生息マップ - 雪女は東京出身? 九州の河童はちょいワル? -』 技術評論社、2005年、37頁。ISBN 4-774-12451-6。。また、富山県上新川郡(現・富山市)、岐阜県北部の飛騨地方、岡山県都窪郡に伝わる妖怪の雪入道(ゆきにゅうどう)も一つ目と一本足の大入道で、雪の上に30cmほどの大きさの足跡を残すというが『妖怪事典』 3! 57頁。一本だたらと特徴が共通することから、文献によっては同一の妖怪として混同されている草野巧 『幻想動物事典』 新紀元社、1997年、33頁。ISBN 4-883-17283-X。



脚注




関連項目


  • 日本の妖怪一覧

  • キ (中国神話) - 中国の一本足の妖怪。

    Quotation:Wikipedia - Article - History  License:GFDL
  • posted by 龍 at 04:10| Comment(24) | TrackBack(0) | 妖怪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

    2008年07月08日

    妖怪[小豆とぎ]

    妖怪事典小豆とぎ


    』より「小豆洗い」
    小豆とぎ(あずきとぎ)または小豆洗い(あずきあらい)は、日本の妖怪のひとつ。



    概要

    山梨県笛吹市境川、藤垈の滝付近、新潟県は糸魚川市|糸魚川、秋田県、群馬県、京都府、東京都、愛媛県など、出没地域は全国多数。日本全国で知られる妖怪だけあって別称も多岐にわたり、「小豆とぎ」の名は広島県世羅郡、山口県美祢郡(現・美祢市)、宇部市、愛媛県広見町(現・鬼北町)などに伝わるほか、岩手県雫石村(現・雫石町)では小豆アゲ、長野県長野市川中島では小豆ごしゃごしゃ、山梨県北巨魔郡では小豆そぎ、鳥取県因幡国|因幡地方では小豆こし、岡山県都窪郡や阿哲郡(現・新見市)では小豆さらさら、香川県坂出市|坂出地方では小豆ヤロなどと呼ばれる多田克己編 『竹原春泉 絵本百物語 -桃山人夜話-』 国書刊行会、1997年、162-163頁。ISBN 4-336-03948-8。村上健司編著 『妖怪事典』 毎日新聞社、2000年、12-13頁。ISBN 4-620-31428-5。。前述の愛媛県広見町では砂洗いとも呼ばれる伊予の民俗 通巻37号 伊予の妖怪変化怪異・妖怪伝承データベース) 2008年6月22日閲覧。川のほとりで「小豆洗おか、人取って喰おか」と歌いながら小豆を洗う。その音に気をとられてしまうと、知らないうちに川べりに誘導され落っことされてしまうともいう。音が聞こえるだけで、姿を見た者はいないともいわれる大分県史 民俗篇 第四章 第四節 三 妖怪・霊異:(三)路傍の怪小豆洗い (同上) 2008年6月22日閲覧
    長野県松本市では、木を切り倒す音や赤ん坊の泣き声をたてたという長野県史 民俗編 中信地方 ことばと伝承 3巻3号 第12編 口頭伝承 第2章 伝説:5 坂と道の伝説(1)坂の伝説 (怪異・妖怪伝承データベース内) 2008年6月22日閲覧。群馬県邑楽郡邑楽町や島根県では、人をさらうものといわれる群馬県史 資料編27 民俗3 27巻 第二編 四 二 群馬の世間話:(二)神異・怪異に関する話 (同上) 2008年6月22日閲覧民間伝承 9巻5号通巻95号 小豆とぎ (同上) 2008如 /6月22日閲覧。この妖怪の由来が物語として伝わっていることも少なくない。江戸時代の奇談集『絵本百物語』にある「小豆あらい」によれば、越後国の高田市|高田(現・新潟県上越市)の法華宗の寺にいた小僧は、体に障害を持っていたものの、物の数を数えるのが得意で、小豆の数を一合でも一升でも間違いなく言い当ててた。寺の和尚は小僧を可愛がり、いずれ住職を継がせようと考えていたが、それを妬んだ悪僧がこの小僧を井戸に投げ込んで殺した。以来、小僧の霊が夜な夜な雨戸に小豆を投げつけ、夕暮れ時には近くの川で小豆を洗って数を数えるようになったという。東京都檜原村では小豆あらいど(あずきあらいど)といって、ある女が小豆に小石が混ざっていたと姑に叱られたことから川に身を投げて以来、その川から小豆をとぐ音が聞こえるようになったという常民文化研究 通巻6号 多摩の昔話(一)平野部 (同上) 2008年6月22日院 \Mw。愛媛県松山市に伝わる小豆洗いの話では、明治初粥 |$K@n$N@ v$$>l$K50歳ほどの女性が小豆と米を洗っていたため、そこには誰も洗濯に寄らず、その女はやがて死に去ったというあゆみ 10・11合併号 ふるさとの民話 -松山市伊台の民話- (同上) 2008年6月22日閲覧。正体を小動物とする地方もあり、新潟県刈羽郡小国町 (新潟県)|小国町(現・長岡市)では山道でイタチが尻尾で小豆の音を立ててるものが正体だといい新潟県史 資料編22 民俗1 (同上) 2008年6月22日閲覧、新潟県十日町市でもワイサコキイタチという悪戯イタチの仕業とされる新潟県史 資料編22 民俗1 第5編 5 第3節 7 イタチ (同上) 2008年6月22日院 \Mw。長野県上水内郡小川村でも小豆洗いはイタチの鳴き声とされる民俗採訪 通巻昭和35年度号 長野県上水内郡小川村 (同上) 2008年6月22日閲覧。大分県東国東郡国東町(現・国東市)でもイタチが口を鳴らす音が正体とされ大分県史 民俗篇 第四章 第四節 三 妖怪・霊異:(三)路傍の怪 (同上) 2008年6月22日閲覧、福島県大沼郡金山町 (福島県)|金山町でも同様にイタチといわれる常民 26号 福島県大沼郡金山町 調査報告書 (同上) 2008年6月22日閲覧。岡山県赤磐郡(現・岡山市)では小豆洗い狐(あずきあらいぎつね)といって、川辺で狐が小豆ぁ N2;$r$?$F$k$H$$$&。長野県伊那市や\xA1 ;3M|8)>e Ln86;T$G$b%-%D%M|狐が正体といわれる長野県史 民俗編 南信地方 ことばと伝承 第12編 口頭伝承 第3章 世間話 5 妖怪:(3)アズキアライ (同上) 2008年6月22日閲覧甲州秋山の民俗 通巻14号 六 信仰 (同上) 2008年6月22日閲覧。京都府北桑田郡美山町 (京都府)|美山町(現・南丹市)ではシクマ狸というタヌキ|化け狸の仕業とされるほか、風で竹の葉が擦りあう音が正体ともいう近畿民俗 通巻136,137号 丹波美山の言葉と民俗 (同上) 2008年6月22日閲覧。香川県観音寺市でも狸が小豆を磨いているといわれ香川民俗 通巻2号 赤じゃぐまその他 (同上) 2008年6月22日閲覧、香川県丸亀市では豆狸の仕業といわれる民間伝承 9巻5号通巻95号 小豆とぎ (同上) 2008年6月22日閲覧。広島県ではカワウソが正体といわれる。津村淙庵による江戸時代の随筆『譚海』ではムジナが正体とされる。秋田県ではニホンヒキガエル|大蝦蟇が体を揺する音といわれる旅と伝説 11巻7号/通巻127号 音と民俗(秋田県仙北郡角館附近) (同上) 2008年6月22日閲覧。福島県ではヒキガエル\xA1 $NGX$HGX$r$9$j9g$o$;$k$3$H$GaO$,;$$l9g$C$?2;$,>.F&@v$$$@$H$b$$! $$民間伝承 4巻2号 妖怪名彙 (同上) 2008年6月22日閲覧、根岸鎮衛の随筆『耳袋』でも蝦蟇が正体とされている。新潟県では、糸魚川近辺の海岸は小砂利浜であり、夏にここに海水浴に来る人間が砂浜を歩く「ザクザク」という音が小豆を研ぐ音に酷似していたため、これが伝承の元となったともいう高志路 3巻10号/通巻34号 西浜の聞書(三) (同上) 2008年6月22日閲覧。山形県西置賜郡白鷹町でも、小川の水が小豆の音に聞こえるものといわれる常民 31号 山形県西置賜郡白鷹町 調査報告書 (同上) 2008年6月22日閲覧。また江戸時代には小豆洗虫(あずきあらい\xA1 $`$7!K$H$$$&:+Cn$NB8:_$,CN$i$l$F$$$?!#ME2x8&5f2H!&B?ED9n8J$K$h$l$P!"$3$l$O8=Be$G$$$&%A%c%?%F%`%7$N$3$H$H$5$l$k多田克己 『幻想世界の住人たち IV 日本編』 新紀元社、1990年、135-136頁。ISBN 4-915-14644-8。。昆虫学者・梅谷献二の著書『虫の民俗誌』によれば、チャタテムシが紙の澱粉質を食べるために障子にとまったとき、翅を動かす音が障子と共鳴する音が小豆を洗う音に似ているとされる。また、かつてスカシチャタテムシの音を耳にした人が「怖い老婆が小豆を洗っている」「隠れ座頭が子供をさらいに来た」などといって子供を脅していたともいう。新潟県松代町では、コチャタテムシが障子に置時計の音を立てるものが小豆洗いだという高志路 通巻247号 聞き書(その三)- 新潟県松代町福島 (怪異・妖怪伝承データベース内) 2008年6月22日閲覧
    !


    同種の妖怪

    ・ くねゆすり
    : 秋田県仙北郡角館町中川村(現・仙北市)に伝わる音のみの妖怪。小豆とぎのそばに現れ、生垣を揺すって人間を驚かせる。名称の「くね」とは生垣の意味『妖怪事典』 144-145頁。旅と伝説 11巻7号/通巻127号 音と民俗(秋田県仙北郡角館附近) (怪異・妖怪伝承データベース内) 2008年6月22日閲覧。ポルターガイスト現象の一種との説もある
    ・ 米とぎ婆(こめとぎばば)
    : 長野県北佐久郡。山中や井戸で米をとぐ音をたてるという妖怪『妖怪事典』 164頁。
    ・ 洗濯狐(せんたくぎつね)
    : 静岡県引佐郡麁玉村(現・浜北市)。夜中に洗濯の音をたてるという妖怪『妖怪事典』 203頁。



    脚注




    関連項目


  • 日本の妖怪一覧

    Quotation:Wikipedia - Article - History  License:GFDL
  • posted by 龍 at 04:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 妖怪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

    2008年07月06日

    妖怪[あまんじゃく]

    妖怪事典あまんじゃく



    天の邪鬼(あまのじゃく、あまんじゃく)は、悪鬼神もしくは小鬼、また日本の妖怪の一種とされる。河伯、海若とも書く。



    由来

    仏教では人間の煩悩を表す象徴として、四天王や執金剛神に踏みつけられている悪鬼、また四天王の一である毘沙門天像の鎧の腹部にある鬼面とも称されるが、これは鬼面の鬼が中国の河伯(かはく)という水鬼に由来するものであり、同じく中国の水鬼である海若(かいじゃく)が「あまのじゃく」と訓読されるので、日本古来の天邪鬼と習合され、足下の鬼類をも指して言うようになった。日本古来の天邪鬼は、記紀にある天稚彦(あめのわかひこ)や天探女(あまのさぐめ)に由来する。天稚彦は葦原中国を平定するために天照大神によって遣わされたが、務めを忘れて大国主神の娘を妻として8年も経って戻らなかった。そこで次に雉名鳴女を使者として天稚彦のもとへ遣わすが、天稚彦は仕えていた天探女から告げられて雉名鳴女を矢で射殺するが、その矢が天から射返されて、天稚彦自身も死んでしまう。天探女はその名が表すように、天の動きや未来、また人の心を探ることができるシャーマン的な存在とされており、この説話が後に、人の心を読み取って反対に悪戯をしかける小鬼と変化していった。本来、天探女は悪者ではなかったが天稚彦に告げ口をしたということかぁ i!"E7$Nl9g$,B?$$!#!V$&$j$3$R$a$H$"$^$N$8$c$/|うりこ姫」等、昔話(日本の童話)にも登場する。



    転用

    「人の心を見計らって悪戯をしかける子鬼」とされることから転じて、現代では「他者(多数派)の思想・言動を確認したうえで、あえてこれに逆らうような言動をする"ひねくれ者"、"つむじ曲がり"」「本心に素直になれず、周囲と反発する人」またはそのような言動を指して、「あまのじゃく(な人)」と称されるようになった。



    関連項目


  • アメノワカヒコ

  • 日本の妖怪の一覧

  • 伝説の生物一覧

    Quotation:Wikipedia - Article - History  License:GFDL
  • posted by 龍 at 04:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 妖怪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

    2008年07月05日

    妖怪[一本だたら]

    妖怪事典一本だたら



    一本だたら、一本踏鞴(いっぽんだたら)とは、日本に伝わる妖怪の一種で、熊野(和歌山県)の山中などに棲み、一つ目で一本足の姿をしている。



    概要

    和歌山と奈良県の境の華無山脈では12月20日のみ現れるといい、この日は「果ての二十日」と呼ばれて厄日とされた。華無の名の由来は「果ての二十日」に人通りが無くなるからだともいう村上健司編著 『妖怪事典』 毎日新聞社、2000年、40頁。ISBN 4-620-31428-5。。奈良県の伯母ヶ峰山でも同様に、12月20日に山中に入ると一本だたらに遭うといい、この日は山に入らないよう戒められている。こちらの一本だたらは電柱に目鼻をつけたような姿といい、雪の日に宙返りしながら一本足の足跡を残すという。また伯母ヶ峰山の一本だたらは、猪笹王というイノシシ|猪の霊が化けた鬼神を指すこともある。猪笹王は旅人を食い殺して人々から恐れられていたが、ある高僧が地蔵を勧請したことでこの凶行は止んだ。しかぁ 7G/$K0lEY!"12月20日だけは猪笹王が自由になるのだという宮本幸枝・熊谷あづさ 『日本の妖怪の謎と不思議』 学習研究社、2007年、75頁。ISBN 4-056-04760-X。。人間を襲うという伝承が多いが、なぜか郵便屋だけは襲わないといわれる。名称の「だたら」はたたら吹き|タタラ師(鍛冶師)に通じるが、これは鍛冶師が重労働で片目と片脚が萎えること、一本だたらの出没場所が鉱山跡に近いことに関連するとの説がある多田克己 『幻想世界の住人たち IV 日本編』 新紀元社、1990年、39頁。ISBN 4-915-14644-8。(隻眼#神話・伝説の中の隻眼を参照)。一つ目の鍛冶神、天目一箇神(あめのまひとつのかみ)の零落した姿であるとも考えられている。2004年春には、和歌山県田辺市の富田という地域の田で1本足の足跡が発見され、「鼻 YED$N$,$7$c$s$\!W$H8F$P$l!"一本だたらやかしゃんぼ|がしゃんぼ(かしゃんぼ)の復活かと話題になった山口敏太郎・天野ミチヒロ 『決定版! 本当にいる日本・世界の「未知生物」案内』 笠倉出版社、2007年、105頁。ISBN 4-773-00364-2。。奈良県吉野郡の松本工房では、一本だたらの伝承をもとにした民芸品「一本足だたらこけし」を2005年より販売しており、妖怪土産として秀逸な一品との声もある宮本幸枝著・村上健司監修 『大人が楽しむ地図帳 津々浦々「お化け」生息マップ - 雪女は東京出身? 九州の河童はちょいワル? -』 技術評論社、2005年、37頁。ISBN 4-774-12451-6。。また、富山県上新川郡(現・富山市)、岐阜県北部の飛騨地方、岡山県都窪郡に伝わる妖怪の雪入道(ゆきにゅうどう)も一つ目と一本足の大入道で、雪の上に30cmほどの大きさの足跡を残すというが『妖怪事典』 3! 57頁。一本だたらと特徴が共通することから、文献によっては同一の妖怪として混同されている草野巧 『幻想動物事典』 新紀元社、1997年、33頁。ISBN 4-883-17283-X。



    脚注




    関連項目


  • 日本の妖怪一覧

  • キ (中国神話) - 中国の一本足の妖怪。

    Quotation:Wikipedia - Article - History  License:GFDL
  • posted by 龍 at 04:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 妖怪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

    2008年07月04日

    妖怪[小豆とぎ]

    妖怪事典小豆とぎ


    』より「小豆洗い」
    小豆とぎ(あずきとぎ)または小豆洗い(あずきあらい)は、日本の妖怪のひとつ。



    概要

    山梨県笛吹市境川、藤垈の滝付近、新潟県は糸魚川市|糸魚川、秋田県、群馬県、京都府、東京都、愛媛県など、出没地域は全国多数。日本全国で知られる妖怪だけあって別称も多岐にわたり、「小豆とぎ」の名は広島県世羅郡、山口県美祢郡(現・美祢市)、宇部市、愛媛県広見町(現・鬼北町)などに伝わるほか、岩手県雫石村(現・雫石町)では小豆アゲ、長野県長野市川中島では小豆ごしゃごしゃ、山梨県北巨魔郡では小豆そぎ、鳥取県因幡国|因幡地方では小豆こし、岡山県都窪郡や阿哲郡(現・新見市)では小豆さらさら、香川県坂出市|坂出地方では小豆ヤロなどと呼ばれる多田克己編 『竹原春泉 絵本百物語 -桃山人夜話-』 国書刊行会、1997年、162-163頁。ISBN 4-336-03948-8。村上健司編著 『妖怪事典』 毎日新聞社、2000年、12-13頁。ISBN 4-620-31428-5。。前述の愛媛県広見町では砂洗いとも呼ばれる伊予の民俗 通巻37号 伊予の妖怪変化怪異・妖怪伝承データベース) 2008年6月22日閲覧。川のほとりで「小豆洗おか、人取って喰おか」と歌いながら小豆を洗う。その音に気をとられてしまうと、知らないうちに川べりに誘導され落っことされてしまうともいう。音が聞こえるだけで、姿を見た者はいないともいわれる大分県史 民俗篇 第四章 第四節 三 妖怪・霊異:(三)路傍の怪小豆洗い (同上) 2008年6月22日閲覧
    長野県松本市では、木を切り倒す音や赤ん坊の泣き声をたてたという長野県史 民俗編 中信地方 ことばと伝承 3巻3号 第12編 口頭伝承 第2章 伝説:5 坂と道の伝説(1)坂の伝説 (怪異・妖怪伝承データベース内) 2008年6月22日閲覧。群馬県邑楽郡邑楽町や島根県では、人をさらうものといわれる群馬県史 資料編27 民俗3 27巻 第二編 四 二 群馬の世間話:(二)神異・怪異に関する話 (同上) 2008年6月22日閲覧民間伝承 9巻5号通巻95号 小豆とぎ (同上) 2008如 /6月22日閲覧。この妖怪の由来が物語として伝わっていることも少なくない。江戸時代の奇談集『絵本百物語』にある「小豆あらい」によれば、越後国の高田市|高田(現・新潟県上越市)の法華宗の寺にいた小僧は、体に障害を持っていたものの、物の数を数えるのが得意で、小豆の数を一合でも一升でも間違いなく言い当ててた。寺の和尚は小僧を可愛がり、いずれ住職を継がせようと考えていたが、それを妬んだ悪僧がこの小僧を井戸に投げ込んで殺した。以来、小僧の霊が夜な夜な雨戸に小豆を投げつけ、夕暮れ時には近くの川で小豆を洗って数を数えるようになったという。東京都檜原村では小豆あらいど(あずきあらいど)といって、ある女が小豆に小石が混ざっていたと姑に叱られたことから川に身を投げて以来、その川から小豆をとぐ音が聞こえるようになったという常民文化研究 通巻6号 多摩の昔話(一)平野部 (同上) 2008年6月22日院 \Mw。愛媛県松山市に伝わる小豆洗いの話では、明治初粥 |$K@n$N@ v$$>l$K50歳ほどの女性が小豆と米を洗っていたため、そこには誰も洗濯に寄らず、その女はやがて死に去ったというあゆみ 10・11合併号 ふるさとの民話 -松山市伊台の民話- (同上) 2008年6月22日閲覧。正体を小動物とする地方もあり、新潟県刈羽郡小国町 (新潟県)|小国町(現・長岡市)では山道でイタチが尻尾で小豆の音を立ててるものが正体だといい新潟県史 資料編22 民俗1 (同上) 2008年6月22日閲覧、新潟県十日町市でもワイサコキイタチという悪戯イタチの仕業とされる新潟県史 資料編22 民俗1 第5編 5 第3節 7 イタチ (同上) 2008年6月22日院 \Mw。長野県上水内郡小川村でも小豆洗いはイタチの鳴き声とされる民俗採訪 通巻昭和35年度号 長野県上水内郡小川村 (同上) 2008年6月22日閲覧。大分県東国東郡国東町(現・国東市)でもイタチが口を鳴らす音が正体とされ大分県史 民俗篇 第四章 第四節 三 妖怪・霊異:(三)路傍の怪 (同上) 2008年6月22日閲覧、福島県大沼郡金山町 (福島県)|金山町でも同様にイタチといわれる常民 26号 福島県大沼郡金山町 調査報告書 (同上) 2008年6月22日閲覧。岡山県赤磐郡(現・岡山市)では小豆洗い狐(あずきあらいぎつね)といって、川辺で狐が小豆ぁ N2;$r$?$F$k$H$$$&。長野県伊那市や\xA1 ;3M|8)>e Ln86;T$G$b%-%D%M|狐が正体といわれる長野県史 民俗編 南信地方 ことばと伝承 第12編 口頭伝承 第3章 世間話 5 妖怪:(3)アズキアライ (同上) 2008年6月22日閲覧甲州秋山の民俗 通巻14号 六 信仰 (同上) 2008年6月22日閲覧。京都府北桑田郡美山町 (京都府)|美山町(現・南丹市)ではシクマ狸というタヌキ|化け狸の仕業とされるほか、風で竹の葉が擦りあう音が正体ともいう近畿民俗 通巻136,137号 丹波美山の言葉と民俗 (同上) 2008年6月22日閲覧。香川県観音寺市でも狸が小豆を磨いているといわれ香川民俗 通巻2号 赤じゃぐまその他 (同上) 2008年6月22日閲覧、香川県丸亀市では豆狸の仕業といわれる民間伝承 9巻5号通巻95号 小豆とぎ (同上) 2008年6月22日閲覧。広島県ではカワウソが正体といわれる。津村淙庵による江戸時代の随筆『譚海』ではムジナが正体とされる。秋田県ではニホンヒキガエル|大蝦蟇が体を揺する音といわれる旅と伝説 11巻7号/通巻127号 音と民俗(秋田県仙北郡角館附近) (同上) 2008年6月22日閲覧。福島県ではヒキガエル\xA1 $NGX$HGX$r$9$j9g$o$;$k$3$H$GaO$,;$$l9g$C$?2;$,>.F&@v$$$@$H$b$$! $$民間伝承 4巻2号 妖怪名彙 (同上) 2008年6月22日閲覧、根岸鎮衛の随筆『耳袋』でも蝦蟇が正体とされている。新潟県では、糸魚川近辺の海岸は小砂利浜であり、夏にここに海水浴に来る人間が砂浜を歩く「ザクザク」という音が小豆を研ぐ音に酷似していたため、これが伝承の元となったともいう高志路 3巻10号/通巻34号 西浜の聞書(三) (同上) 2008年6月22日閲覧。山形県西置賜郡白鷹町でも、小川の水が小豆の音に聞こえるものといわれる常民 31号 山形県西置賜郡白鷹町 調査報告書 (同上) 2008年6月22日閲覧。また江戸時代には小豆洗虫(あずきあらい\xA1 $`$7!K$H$$$&:+Cn$NB8:_$,CN$i$l$F$$$?!#ME2x8&5f2H!&B?ED9n8J$K$h$l$P!"$3$l$O8=Be$G$$$&%A%c%?%F%`%7$N$3$H$H$5$l$k多田克己 『幻想世界の住人たち IV 日本編』 新紀元社、1990年、135-136頁。ISBN 4-915-14644-8。。昆虫学者・梅谷献二の著書『虫の民俗誌』によれば、チャタテムシが紙の澱粉質を食べるために障子にとまったとき、翅を動かす音が障子と共鳴する音が小豆を洗う音に似ているとされる。また、かつてスカシチャタテムシの音を耳にした人が「怖い老婆が小豆を洗っている」「隠れ座頭が子供をさらいに来た」などといって子供を脅していたともいう。新潟県松代町では、コチャタテムシが障子に置時計の音を立てるものが小豆洗いだという高志路 通巻247号 聞き書(その三)- 新潟県松代町福島 (怪異・妖怪伝承データベース内) 2008年6月22日閲覧
    !


    同種の妖怪

    ・ くねゆすり
    : 秋田県仙北郡角館町中川村(現・仙北市)に伝わる音のみの妖怪。小豆とぎのそばに現れ、生垣を揺すって人間を驚かせる。名称の「くね」とは生垣の意味『妖怪事典』 144-145頁。旅と伝説 11巻7号/通巻127号 音と民俗(秋田県仙北郡角館附近) (怪異・妖怪伝承データベース内) 2008年6月22日閲覧。ポルターガイスト現象の一種との説もある
    ・ 米とぎ婆(こめとぎばば)
    : 長野県北佐久郡。山中や井戸で米をとぐ音をたてるという妖怪『妖怪事典』 164頁。
    ・ 洗濯狐(せんたくぎつね)
    : 静岡県引佐郡麁玉村(現・浜北市)。夜中に洗濯の音をたてるという妖怪『妖怪事典』 203頁。



    脚注




    関連項目


  • 日本の妖怪一覧

    Quotation:Wikipedia - Article - History  License:GFDL
  • posted by 龍 at 04:11| Comment(6) | TrackBack(0) | 妖怪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

    2008年07月03日

    妖怪[海難法師]

    妖怪事典海難法師


    海難法師(かいなんほうし)とは、伊豆七島に伝わる幽霊の一種。水難事故で死亡した者の霊とされる。盥にのって沖からやって来て、その姿を見たものは同様の死に様を晒すと言われている。



    起源

    海難法師の事の起こりは江戸時代、1628年|寛永5年のことである。豊島忠松(とよしまただまつ)という悪代官が島民たちを苦しめてみなに憎まれていたという。そこで島の人々は忠松を殺すために、わざと海が荒れる日を選んで島巡りをするように勧めたのである。まんまと罠にはまった忠松は、言われた通りに海に出て波に呑まれて死んでしまった。それ以来、毎年旧暦の1月24日になると忠松の霊が海難法師となって島々を巡るのだという。別伝では代官を殺そうとしたまでは同じだが、村の若者25人が暴風雨の夜にそれを決行し、船で逃亡した。しかし、かくまってくれる島や村はなく、さまよった挙句、1月24日に海難事故で全員が死亡した。村人に裏切られ、この世に恨みを残して死んだ怨霊が島々を巡るという。この25人の霊は日忌様(ひいみさま)と呼ばれ、伝承の発祥地とされる伊豆大島の泉津地区にはこの日忌様の祠が祀られている早川和樹編 『こぁ o$$OC - あなたの知らないニッポンの“恐怖”』 ミリオン出版、2008年、138-143頁。ISBN 4-813-02076-3。。伊豆七島では、1月24日は決して外に出てはならず、人々は震えながら家にこもっていなければならないのだという。その際には門口に籠をかぶせ、雨戸に柊やトベラの葉を刺し、普段は外にある便器も屋内に置いて用を足した。どうしても外出しなければならないときは、頭にトベラの葉をつけたという村上健司編著 『妖怪事典』 毎日新聞社、2000年、96頁。ISBN 4-620-31428-5。。ある者がこの伝承を小馬鹿にし、戸締りをせずに外出したところ、なぜか顔中血まみれになって帰ってきたという。また同様にこの迷信を信じない者が、家の戸に差したトベラを捨てて戸を開けたところ、なぜかその者は口がきけなくなり、精神病院に入院してしまったといわれる。また伊豆大島の泉津地区では、門井という旧家が海難法師の25人の霊を迎\xA1 $(F~$l$kLrL\$r;}$A!"$=$NLr$r。伊豆では1月24日は物忌みの日であり、人々は仕事を休んで家にこもる風習があったが、それが何者かが襲ってくる日という意味にとられ、海難法師の伝承が生まれたとの説もある



    脚注




    関連項目


  • 日本の妖怪一覧

  • 地獄先生ぬ〜べ〜(コミック22巻に海難法師を扱った話が登場する)


    Quotation:Wikipedia - Article - History  License:GFDL
  • posted by 龍 at 04:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 妖怪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

    2008年07月02日

    妖怪[鬼]

    妖怪事典


    (おに)は、日本の妖怪。民話や郷土信仰に登場する悪い物、恐ろしい物、強い物を象徴する存在。そこからという言葉には「強い」「悪い」という意味もある。( (曖昧さ回避)でも説明。)『今昔画図続百
    大江町 (京都府)|大江町)
    Image:Oni2WP.jpg|thumb|の像(大分県別府市)
    (兵庫県三木市蓮花寺)



    近・現代の

    現代の日本人が、「」と言われて一般的に連想する姿は、頭に角と巻き毛の頭髪を具え、口に牙を有し、指に鋭い爪が生え、虎の毛皮の褌を腰に纏い、表面に突起のある金棒を持った大男である。これは、丑の方と寅の方の間の方角(艮:うしとら)を門と呼ぶことによるもので、牛の角と体、虎の牙と爪を持ち、虎の皮を身に付けているとされた。この姿は平安時代に確立したものである。余談だが、丑寅の方角を門とする時、その対にあたる方角、猿(申).雉(酉).犬(戌)に守護の役を与え、退治に向かう桃太郎もある種の意味を持つと推測できる。酒呑童子は赤毛で角があり、髭も髪も眉毛もつながっており、手足は熊の手のようであるとされている。
    は元々はこのような定まった姿は持っておらず、後述する語源の「おぬ(隠)」の通り姿の見えないこともあった。まれには、見目麗しい異性の姿で現れて若い男や女を誘うことがある。
    現在のの姿は仏教の羅刹が混入したものである。民話に登場するは、金または栗色の髪で赤い肌である事が多い為、ロシア方面などからの海賊を、外国人を知らない民衆が見て怪物だと思い込んだのではないかとも言われている(色素の少ない肌は日焼けすると赤くなる)。



    由来

    「おに」の語はおぬ(隠)が転じたもので、元来は姿の見えないもの、この世ならざるものであることを意味した。そこから人の力を超えたものの意となり、後に、人に災いをもたらす伝説上のヒューマノイドのイメージが定着した。さらに、陰陽思想や浄土思想と習合し、地獄における閻魔|閻魔大王配下の獄卒であるとされた。



    説話文学に見られる




    [ 百夜行 ]

    夜行とは、平安時代に都の中を歩いてゆくとされた化け物行列のことである。『宇治拾遺物語』巻一の十七で修行僧が龍泉寺という寺で、百夜行に遭った話が伝わっている。また、『今昔物語集』にも巻第十四に若者が百夜行に遭ったという話が伝わっている。当時、百夜行を目撃すると死んだり病気になるなどと恐れられていたが、この二つの話はどちらも信仰が身を助けたという話になっている。


    [ 赤・青 ]

    『宇治拾遺物語』巻一には、瘤取り爺の説話が所収されているが、爺が目撃したとして、赤い者や目が一つの者、口がない者など様々な異形な者がいたとされている。


    [ 藤原千方の四 ]

    藤原千方に使役されたと言われる四人の。藤原千方の四を参照のこと。


    [ 羅刹国 ]

    『今昔物語集』に登場する女性のしか存在しない島。後に日本の南方あるいは東方に存在すると信じられるようになった。羅刹国を参照のこと。



    仏教の


  • 生前に貪欲であった者は、死後に餓道におち、餓となるとされている。

  • また、地獄で閻魔の配下として、が獄卒の役を務めているとされる。



    と人

    人に化けて、人を襲うの話が伝わる一方で、憎しみや嫉妬の念が満ちて人がに変化したとする話もある。代表的な例としては、能の「鉄輪」や「紅葉狩 (能)|紅葉狩」に、嫉妬心からと化した女性の話が伝わっている。「般若の面」はその典型である。



    具体的な(またはとされた人間)

    名のあるは「童子」と呼ばれることが多い。

  • 酒呑童子(しゅてんどうじ)

  • 茨木童子(いばらきどうじ)

  • 紅葉伝説|紅葉(もみじ)

  • ノ城|温羅(うら)

  • 黒塚|安達ヶ原の婆(あだちがはらのおにばば)

  • 鈴鹿御前(すずかごぜん)

  • 大嶽丸(おおたけまる)

  • 悪路王(あくじおう/あくろおう)

  • 橋姫|宇治の橋姫(うじのはしひめ)

  • 両面宿儺(りょうめんすくな)

  • 牛頭馬頭(ごずめず)

  • 速疾(そくしつき)
    など



    と関わりの深い地


  • 大江山 酒呑童子が住んでいたとされる。麓の京都府大江町 (京都府)|大江町(現・福知山市)は、「の里」との町おこしで有名。

  • 伊吹山

  • 住山,笹苞山 鳥取県伯耆町に残る日本最古の伝説の舞台。

  • 岩手県北上市

  • 大分県中津市 同市の宝山大剰院にのミイラらしきものがある。

  • 安久美神戸神明社 愛知県豊橋市にある神明神社。''天下の奇祭''と呼ばれる国指定重要無形民俗文化財の祭が行われる。
    この他、日本全国に形を変えての伝承が伝わっている。



    中国における「

    中国で(グウェイ)という場合、死霊、死者の霊魂#中国の宗教(道教など)|霊魂のことを指す。日本で言う「亡霊」の方がニュアンスとして近い。中国では、直接と呼ぶのはタブーであることから、婉曲して好兄弟ともいう。また日本にもこの思想が入っており、人が死ぬことを指して「籍に入る」などと言う言い方がある他、元来の意味合いと混交したイメージでも捉えられている。かつて中国民衆が日本の総理大臣を「小泉小」と呼ぶことがあったが、日本の総理を恐れるのではなく小馬鹿にする表現であった。従って、中国語で「−」と言う表現は、必ずしも勇猛等を意味しない。戦前の日本軍で、ある将官が「将軍」と渾名され、当人は軍人として誇りにしていたが、実はその痩せた風貌を揶揄したものであったという\xA1 %(%T%=!<%I$,$3$l$rJ*8l$k!#J8O=!&7DD9$NLr$N:]!"EgDE5A90$NN($$$k73@*$rL@73$O!V石曼子」と言って恐れたとの逸話においても「」はその勇猛さよりも、つまらない奴や忌々しい奴という蔑視表現に使われる。拝外意識により、欧米人を「洋」と呼び、それに遅れて進出した日本人を「東洋」と呼ぶのもこの類である。



    から派生した用語


  • 現象 

  • 地名 押出、ヶ島、ヶ城、ヶ城山、

  • 造形 

  • 遊び ごっこ

  • 生物 オニヤンマ

  • その他 多数



    創作における




    [ 文学 ]

    童話などにも数多く登場し、多くは主人公に倒される。代表的な例としては、一寸法師、桃太郎などがあげられる。この退治のモチーフは、古くから見られ、渡辺綱は酒呑童子など多くのを退治したとされている。近世になると、『泣いた赤』(浜田廣介)や『おにたのぼうし』(あまんきみこ)など、はただ悪いだけではなく、悪いとされているけれども優しい心を持つ者もいるという童話が見られるようになる。*『桃太郎』

  • 『こぶとりじいさん』

  • 『泣いた赤』(浜田廣介)

  • 『おにたのぼうし』(あまんきみこ)童話の他では、架空の生物であるため、文学作品としてはファンタジーもしくはサイエンス・フィクション|SF的なものに限定される。

  • 「青の褌を洗う女」「桜の森の満開の下」(坂口安吾)

  • 』(中編集)(西村寿行)

  • 『死にかた』(短編)(筒井康隆)


    [ ライトノベル ]


  • 『封殺』(霜島ケイ)


    [ 漫画 ]

    虐げられた異形の存在としてのが登場する場合も多数ある。

  • 永井豪作品。あるいは非情・非論理的な暴力の象徴として、あるいは虐げられた異形の存在として、永井豪はを作品の中心的存在として取り上げてきた。
    -2889年の反乱-』
    『手天童子』

  • ゲッターロボシリーズ
    :敵に百帝国が登場。もとからだった者と人間から改造された者がいる。また、OVA新ゲッターロボでも謎の敵として、や巨大なの姿をした獣が登場する。

  • 切丸』

  • 『うる星やつら』(高橋留美子)
    :の姿をした宇宙人の少女「ラム (うる星やつら)|ラム」が登場するが、あくまでも「の姿をした宇宙人」である。

  • 『地獄先生ぬ〜べ〜』
    :地獄のが登場。主人公の左手にもが封じられており、これを用いて除霊などを行う。悪と同時に強さの象徴でもある。

  • 『遙かなる時空の中で』
    :と呼ばれ差別されている者たちが登場する。「金髪碧眼」が特徴のため、外国人に対する古代日本人の恐怖の念から来ているのであろう。

  • 『ひぐらしのなく頃に』

  • 『シャーマンキング』

  • 『桃組+戦記』


    [ 実写?特撮 ]


  • 『百獣戦隊ガオレンジャー』
    :オルグ(の英語名ogreから来ていると思われる)と呼ばれる敵が登場する。それらは主に付喪神のようなコンセプトであり、また、ボス(ハイネスデューク)であるシュテン、ウラ、ラセツはそれぞれ酒呑童子、温羅、羅刹といった著名的なの名前が使われている。

  • 『仮面ライダー響
    :厳しい修行をつみ、変身能力を得た人間の事をと呼ぶ。この作品ではを善の存在に位置づけている。

  • 『仮面ライダー電王』
    :主人公に憑依したイマジン(怪人)・モモタロスは、そのイメージにより『桃太郎』の赤の姿となった。


    [ アニメ ]


  • 『おじゃる丸』

  • 『地獄先生ぬ〜べ〜』

  • 『ギャグマンガ日和』


    [ 楽曲 ]


  • 『赤と青のタンゴ』(尾藤イサオ)
    :日本放送協会|NHK『みんなのうた』で歌われた楽曲。

  • たいじ』(森高千里)
    :『古今東西〜が出るか蛇が出るかツアー』では舞台にが登場する演出がされた。



    ジェスチャー

    基本的には怖いものであり、またの顔も怒った表情である事が多い為、誰か(第三者)が怒っているという事や、機嫌が悪いという事などを示す手段として、両手の人差し指を立てて、の角に見立てて頭の上に掲げるジェスチャーが存在し、話し相手に(当人に気づかれない様に)その人とのトラブルに巻き込まれない様に、注意を促す目的で使用される事が多い。



    関連項目
    *節分

  • 日本のの交流博物館

  • 二十八宿

  • 大江町 (京都府)|大江町(現・福知山市)             



    外部リンク


  • サミット


  • オニさん、こちら

  • 能面 長澤重春能面集:生成

    Quotation:Wikipedia - Article - History  License:GFDL
  • posted by 龍 at 04:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 妖怪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

    2008年07月01日

    妖怪[餓鬼]

    妖怪事典餓鬼



    餓鬼(がき、サンスクリット語|Skt:Preta、音写:薜茘多=へいれいた)は、仏教において、亡者のうち餓鬼道に生まれ変わったものをいう。Preta とは元来、死者を意味する言葉であったが、後に強欲な死者を指すようになった。六道また十界の1つである。十界のうちでは迷界、三悪道(趣)に分類される。



    概要

    俗に、生前に贅沢をした者が餓鬼道に落ちるとされている。ただし仏教の立場から正確にいえば、生前において強欲で嫉妬深く、物惜しく、常に貪りの心や行為をした人が死んで生まれ変わる世界とされる。しかし大乗仏教では、後々に死後に生まれ変わるだけではなく、今生においてそのような行状をする人の精神境涯をも指して言われるようになった。餓鬼は常に飢えと乾きに苦しみ、食物、また飲物でさえも手に取ると火に変わってしまうので、決して満たされる事がないとされる。極端な飢餓状態の人間と同じように、痩せ細って腹部のみが丸く膨れ上がった姿で描かれる事が多い。また、餓鬼と言う妖怪もおり、人にとりついて空腹状態にしてしまうと言う。「正法念処経」巻16には、餓鬼の住処は2つある。# 人中の餓鬼。この餓鬼はその業因によって行くべき道の故に、これを餓鬼道(界)という。夜に起きて昼に寝るといった、人間と正反対の行動をとる。
    ・ 薜茘多(餓鬼)世界(Preta-loka)の餓鬼。閻浮提の下、500由旬にあり、長さ広さは36000由旬といわれる。しかして人間で最初に死んだとされる閻魔王(えんまおう)は、劫初に冥土の道を開き、その世界を閻魔王界といい、餓鬼の本住所とし、あるいは餓鬼所住の世界の意で、薜茘多世界といい、閻魔をその主とする。余の餓鬼、悪道眷属として、その数は無量で悪業は甚だ多い。



    餓鬼の種類

    餓鬼の種類はいくつかある。「阿毘達磨順正理論」31には、3種×3種で計9種の餓鬼がいると説き、「正法念処経」には36種類の餓鬼がいると説かれる。* 3種の餓鬼(阿毘達磨順正理論31)
    ・ 無財餓鬼、一切の飲食ができない餓鬼。飲食しようとするも炎となり、常に貪欲に飢えている。唯一、施餓鬼供養されたものだけは食することができる。
    ・ 少財餓鬼、ごく僅かな飲食だけができる餓鬼。人間の糞尿や嘔吐物、屍など、不浄なものを飲食することができるといわれる。
    ・ 多財餓鬼、多くの飲食ができる餓鬼。天部にも行くことが出来る。富裕餓鬼ともいう。ただしどんなに贅沢はできても満足しない。
    : 「一に無財鬼、二に少財鬼、三に多財鬼なり。この三(種)にまた各々三(種)あり。無財鬼の三は、一に炬口鬼、二に鍼口鬼、三に臭口鬼なり。少財鬼の三は、一に鍼毛鬼(その毛は針の如く以て自ら制し他を刺すなり)、二に臭毛鬼、三に?鬼なり。多財鬼の三は、一に希祠鬼(常に社祠の中にありその食物を希うなり)、二に希棄鬼(常に人の棄つるを希うて之を食すなり)、三に大勢鬼(大勢大福、天の如きなり)」* 36種の餓鬼(正法念処経16)
    ・ ?身(かくしん)、目や口がなく、私利私欲で動物を殺した者が餓鬼となる。
    ・ 針口(しんこう)、口は針穴の如くであるが腹は大山のように膨れている。
    ・ 食吐(じきと)、人の吐き出したものを食べる。
    ・ 食糞(じきふん)、糞尿を飲食する。
    ・ 無食(むじき)、全身が飢渇の火に包まれて、どんなものも飲食できない。
    ・ 食気(じっけ)、供物の香気だけを食すことができる。
    ・ 食法(じきほう)、飲食の代りに説法を食べる。
    ・ 食水(じきすい)、水を求めても飲めない。
    ・ 希望(けもう)、亡き父母の為に供養されたものしか食せない。
    ・ 食唾(じきた)、人が吐いた唾しか食べられない。
    ・ 食鬘(じきまん)、鬘(かずら、首飾り)を食べる。
    ・ 食血(じきけつ)、生物から出た血だけを食べられる。
    ・ 食肉(じきにく)、肉だけを食べられる。
    ・ 食香(じきこう)、供えられた香の香りだけを食べられる。
    ・ 疾行(しっこう)、墓地を荒らし屍を食べ、人間に災禍をもたらすのが早い。
    ・ 伺便(しべん)、人が排便したものを食し、その人の気力を奪う。
    ・ 地下(じげ)、暗黒の闇である地下に住む。
    ・ 神通(じんつう)、涸渇した他の餓鬼に嫉妬され囲まれ、自己だけが楽をする。
    ・ 熾燃(しねん)、身体から燃える火に苦しむ。
    ・ 伺嬰児便(しえいじべん)、幼児の命を奪う。
    ・ 欲食(よくじき)、人間の場に行き惑わし盗む。
    ・ 住海渚(じゅうかいしょ)、熱水の海辺に住む。
    ・ 執杖(しつじょう)、閻魔王の使いっ走りで、ただ風だけを食べる。
    ・ 食小児(じきしょうに)、幼児を食べる。
    ・ 食人精気(じきにんしょうき)、人の精気を食べる。
    ・ 羅刹(らせつ)、人を襲い殺害して食べる。
    ・ 火爐焼食(かろしょうじき)、燃え盛る炉心の中で残飯を食べる。
    ・ 住不浄巷陌(じゅうふじょうこうはく)、不浄な場所に住む。
    ・ 食風(じきふう)、風だけを食べる。
    ・ 食火炭(じきかたん)、焼いて炭になった屍を食べる。
    ・ 食毒(じきどく)、夏の猛暑、冬の極寒に責められ毒だけを食べて生死を繰り返す。
    ・ 曠野(こうや)、猛暑の中、水を求めて野原を走り回る。
    ・ 住塚間食熱灰土(じゅうちょうかんじきねつかいど)、屍を焼いた熱い灰や土を食べる。
    ・ 樹中住(じゅちゅうじゅう)、樹木の中に閉じ込められ、蟻や虫を食す。
    ・ 四交道(しきょうどう)、四つ角に住み、そこに祀られる食べ物だけを食べられる。
    ・ 殺身(せっしん)、熱い鉄を飲まされて大きな苦悩を受ける。



    餓鬼への供養

    そんな餓鬼に施しを与えて鎮める方法がある。お地蔵さんの足元へ水やお粥を供え、
    お経をあげると餓鬼に飲ませたり食べさせたりできる。これを行うと、とりつかれても飢えが鎮まる。



    俗語の転用

    また、子供は貪るように食べることがあるため、その蔑称・俗称として餓鬼(ガキ)が比喩的に広く用いられる。



    関連項目


  • 六道

  • 餓鬼(施餓鬼会、施餓鬼供養)

  • 餓鬼憑き



    外部リンク

    餓鬼


    Quotation:Wikipedia - Article - History  License:GFDL
  • posted by 龍 at 04:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 妖怪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

    広告


    この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

    以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

    ・記事の投稿、編集をおこなう
    ・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


    ×

    この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。