2008年06月30日

妖怪[餓鬼]

妖怪事典餓鬼



餓鬼(がき、サンスクリット語|Skt:Preta、音写:薜茘多=へいれいた)は、仏教において、亡者のうち餓鬼道に生まれ変わったものをいう。Preta とは元来、死者を意味する言葉であったが、後に強欲な死者を指すようになった。六道また十界の1つである。十界のうちでは迷界、三悪道(趣)に分類される。



概要

俗に、生前に贅沢をした者が餓鬼道に落ちるとされている。ただし仏教の立場から正確にいえば、生前において強欲で嫉妬深く、物惜しく、常に貪りの心や行為をした人が死んで生まれ変わる世界とされる。しかし大乗仏教では、後々に死後に生まれ変わるだけではなく、今生においてそのような行状をする人の精神境涯をも指して言われるようになった。餓鬼は常に飢えと乾きに苦しみ、食物、また飲物でさえも手に取ると火に変わってしまうので、決して満たされる事がないとされる。極端な飢餓状態の人間と同じように、痩せ細って腹部のみが丸く膨れ上がった姿で描かれる事が多い。また、餓鬼と言う妖怪もおり、人にとりついて空腹状態にしてしまうと言う。「正法念処経」巻16には、餓鬼の住処は2つある。# 人中の餓鬼。この餓鬼はその業因によって行くべき道の故に、これを餓鬼道(界)という。夜に起きて昼に寝るといった、人間と正反対の行動をとる。
・ 薜茘多(餓鬼)世界(Preta-loka)の餓鬼。閻浮提の下、500由旬にあり、長さ広さは36000由旬といわれる。しかして人間で最初に死んだとされる閻魔王(えんまおう)は、劫初に冥土の道を開き、その世界を閻魔王界といい、餓鬼の本住所とし、あるいは餓鬼所住の世界の意で、薜茘多世界といい、閻魔をその主とする。余の餓鬼、悪道眷属として、その数は無量で悪業は甚だ多い。



餓鬼の種類

餓鬼の種類はいくつかある。「阿毘達磨順正理論」31には、3種×3種で計9種の餓鬼がいると説き、「正法念処経」には36種類の餓鬼がいると説かれる。* 3種の餓鬼(阿毘達磨順正理論31)
・ 無財餓鬼、一切の飲食ができない餓鬼。飲食しようとするも炎となり、常に貪欲に飢えている。唯一、施餓鬼供養されたものだけは食することができる。
・ 少財餓鬼、ごく僅かな飲食だけができる餓鬼。人間の糞尿や嘔吐物、屍など、不浄なものを飲食することができるといわれる。
・ 多財餓鬼、多くの飲食ができる餓鬼。天部にも行くことが出来る。富裕餓鬼ともいう。ただしどんなに贅沢はできても満足しない。
: 「一に無財鬼、二に少財鬼、三に多財鬼なり。この三(種)にまた各々三(種)あり。無財鬼の三は、一に炬口鬼、二に鍼口鬼、三に臭口鬼なり。少財鬼の三は、一に鍼毛鬼(その毛は針の如く以て自ら制し他を刺すなり)、二に臭毛鬼、三に?鬼なり。多財鬼の三は、一に希祠鬼(常に社祠の中にありその食物を希うなり)、二に希棄鬼(常に人の棄つるを希うて之を食すなり)、三に大勢鬼(大勢大福、天の如きなり)」* 36種の餓鬼(正法念処経16)
・ ?身(かくしん)、目や口がなく、私利私欲で動物を殺した者が餓鬼となる。
・ 針口(しんこう)、口は針穴の如くであるが腹は大山のように膨れている。
・ 食吐(じきと)、人の吐き出したものを食べる。
・ 食糞(じきふん)、糞尿を飲食する。
・ 無食(むじき)、全身が飢渇の火に包まれて、どんなものも飲食できない。
・ 食気(じっけ)、供物の香気だけを食すことができる。
・ 食法(じきほう)、飲食の代りに説法を食べる。
・ 食水(じきすい)、水を求めても飲めない。
・ 希望(けもう)、亡き父母の為に供養されたものしか食せない。
・ 食唾(じきた)、人が吐いた唾しか食べられない。
・ 食鬘(じきまん)、鬘(かずら、首飾り)を食べる。
・ 食血(じきけつ)、生物から出た血だけを食べられる。
・ 食肉(じきにく)、肉だけを食べられる。
・ 食香(じきこう)、供えられた香の香りだけを食べられる。
・ 疾行(しっこう)、墓地を荒らし屍を食べ、人間に災禍をもたらすのが早い。
・ 伺便(しべん)、人が排便したものを食し、その人の気力を奪う。
・ 地下(じげ)、暗黒の闇である地下に住む。
・ 神通(じんつう)、涸渇した他の餓鬼に嫉妬され囲まれ、自己だけが楽をする。
・ 熾燃(しねん)、身体から燃える火に苦しむ。
・ 伺嬰児便(しえいじべん)、幼児の命を奪う。
・ 欲食(よくじき)、人間の場に行き惑わし盗む。
・ 住海渚(じゅうかいしょ)、熱水の海辺に住む。
・ 執杖(しつじょう)、閻魔王の使いっ走りで、ただ風だけを食べる。
・ 食小児(じきしょうに)、幼児を食べる。
・ 食人精気(じきにんしょうき)、人の精気を食べる。
・ 羅刹(らせつ)、人を襲い殺害して食べる。
・ 火爐焼食(かろしょうじき)、燃え盛る炉心の中で残飯を食べる。
・ 住不浄巷陌(じゅうふじょうこうはく)、不浄な場所に住む。
・ 食風(じきふう)、風だけを食べる。
・ 食火炭(じきかたん)、焼いて炭になった屍を食べる。
・ 食毒(じきどく)、夏の猛暑、冬の極寒に責められ毒だけを食べて生死を繰り返す。
・ 曠野(こうや)、猛暑の中、水を求めて野原を走り回る。
・ 住塚間食熱灰土(じゅうちょうかんじきねつかいど)、屍を焼いた熱い灰や土を食べる。
・ 樹中住(じゅちゅうじゅう)、樹木の中に閉じ込められ、蟻や虫を食す。
・ 四交道(しきょうどう)、四つ角に住み、そこに祀られる食べ物だけを食べられる。
・ 殺身(せっしん)、熱い鉄を飲まされて大きな苦悩を受ける。



餓鬼への供養

そんな餓鬼に施しを与えて鎮める方法がある。お地蔵さんの足元へ水やお粥を供え、
お経をあげると餓鬼に飲ませたり食べさせたりできる。これを行うと、とりつかれても飢えが鎮まる。



俗語の転用

また、子供は貪るように食べることがあるため、その蔑称・俗称として餓鬼(ガキ)が比喩的に広く用いられる。



関連項目


  • 六道

  • 餓鬼(施餓鬼会、施餓鬼供養)

  • 餓鬼憑き



    外部リンク

    餓鬼


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    2008年06月29日

    妖怪[あかまたー]

    妖怪事典あかまたー


    現在(2005年8月)の所、あかまたーとは、次の2つを指しているものと思われる。#あかまたーとは、ヘビ|蛇の一種であるアカマタが、若く麗しい漁師(または美女)に化け、女性(青年)を言葉巧みに騙して殺害するという、沖縄県|沖縄の妖怪である。
    ・アカマター・クロマターとは、石垣市|石垣島宮良(みやら)の豊年祭に登場する2柱の神様である。注記:アカマタとは、沖縄の言葉でまだら蛇を指す。上記の妖怪、或いは神と、何らかの関連があると思われる。ここでは2のアカマター・クロマターについて説明する。



    アカマター・クロマターについて




    [特徴]

    アカマターとクロマターの2柱の神は全体が草に覆われ、ずんぐりとしていて、だるまやフクロウの様にも見える。背丈は180cmほど、アカマター(赤面)とクロマター(黒面)は縦長の鼻に丸い目と細かいギザギザの歯で構成され目と歯の両端に細長いヒゲもある。目と歯に光が当たると反射して神秘的に輝くのが印象的である。


    [祭りの内容]

    夕方に何処からか現れ、村の一軒一軒を一夜かけて回り、朝方に何処かへ消えてしまう。まず、数十人の太鼓隊が家々の門を潜ると、縁側から向かって左右に分かれて庭の周辺に登場し、太鼓を叩きながら歌いアカマターとクロマターを呼ぶ。その後、アカマターとクロマターは門を潜り左右に分れ庭の中央に登場する。アカマターとクロマターは棒を両手に持ち、威勢のいい太鼓隊の歌にあわせ、棒を叩いてユーモラスに踊る。アカマターとクロマターは「なみだ」と呼ばれる殺気(精霊が宿っている)だった者達に厳重に警護されながら移動する。


    [祭りの背景]

    この祭は7月頃に行なわれるが、通常は島民にも知らされず非公開となっており、謎と緊張感に満ちている。写真撮影、スケッチ、模造などは禁止されている。
    もしもそのような行為を村人に見つかった場合、生命の保障はされないとも云われている。この村(宮良)の先祖は八重山諸島の小浜島からの移民であり、アカマターもまた小浜島から引き継がれたもの。同じ八重山諸島の新城島(パナリ)の豊年祭りでも出現するという報告がある。なお、小浜島ではクロマターではなく、シロマターである。



    その他

    漫画ゲゲゲの鬼太郎では、「アカマタ」の名前で南方妖怪として登場。アニメ3作目、4作目、5作目、さらに劇場版にも登場し、その内4作目、5作目では南方妖怪のリーダー的存在を果たした。



    関連項目


  • 日本の妖怪の一覧

  • アカマタ(ヘビ)


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    2008年06月28日

    妖怪[伴かづぎ]

    妖怪事典伴かづぎ


    トモカヅキとは、三重県鳥羽市や志摩市に伝わる、海の妖怪である。



    概説

    トモカヅキは、海人などの海に潜る者にそっくりに化けるという。つまり、海には自分一人だけのはずなのに、自分そっくりの身なりの人がいるということになる。また、トモカヅキは、人を暗い場所へと誘ったり、アワビを差し出したりする。この誘いに乗ってしまうと、命が奪われると恐れられている。海中作業中の譫妄ではないかとも言われている。なお、「カヅキ」とは「海人」のことである。



    関連項目


  • 鳥羽市

  • 志摩市

  • セーマンドーマン(トモカヅキの魔除け)

  • 忍たま乱太郎(作中にトモカヅキが登場した)

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    2008年06月27日

    妖怪[覚]

    妖怪事典


    『今昔画図続百鬼』より「
    (さとり)は、飛騨国|飛騨や美濃国|美濃(現在の岐阜県)の山奥に住むと言われている妖怪。人の心を見透かす妖怪として知られるあしなか 通巻70号 檜枝岐昔話集怪異・妖怪伝承データベース内) 2008年2月10日閲覧



    概要

    人の姿をとるが本当は実体が無い妖怪だとか、大きなサルの姿で二足歩行する妖怪だとかいわれる。山道を歩いている時、または山中で休憩しているときに出会うとされる。こちらの思っていること全てを見透かし、こちらが口に出すよりも早くそれらをしゃべるという。こちらが何も考えないでいると退屈して消えるとか、何も考えない人間に恐れをなしてにげるとか、苦しみもがいて死ぬといわれている。山小屋にいる人のもとに現れて心を読み取り、隙あらば取って食おうとするともいい、偶然から物がにぶつかったりすると、予期せぬことが起きたことを恐れて逃げて行くという村上健司編著 『妖怪事典』 毎日新聞社、2000年、172頁、349頁。ISBN 4-620-31428-5。。一方ではは人に危害を加えることはなく、山で働く人々は敢えて歯向かわず、と共存していたとする説もある多田克己! 『幻想世界の住人たち IV 日本編』 新紀元社、1990年、80-81頁。ISBN 4-915-14644-8。。鳥山石燕の『今昔画図続百鬼』にもが描かれているが、これは『和漢三才図会』などにあるやまこ|?をモデルにしたもので、解説文中にも「飛騨美濃の深山に?あり」と述べられており、人の心を悟るという意味から石燕が「」と名づけたといわれる。富士山|富士山麓の大和田山の森に住んでいたおもいという名の魔物も、人の心を見透かす力を持っていたことから、このと同一のものとされる水木しげる 『図説 日本妖怪大全』 講談社〈講談社+α文庫〉、1984年、215頁。ISBN 4-062-56049-6。



    伝説


  • 桶を修理中の桶屋の前に現れ、桶屋の心を読んで弄ぶが、恐怖にかられた桶屋の手元が狂い、外れた箍がの顔を直撃、「人間とは考えても居ない事をやらかす恐ろしい生き物だ」と慌てて逃げる。



    関連作品


  • 『日本妖怪伝 サトリ』(東陽一監督)では、山谷初男演じる、人間の現代社会を冷静に見つめるサトリが登場する。*小松左京の小説『さとるの化け物』では山奥で狩人が遭遇し、同様に弄ばれるがたまたま焚き火に紛れ込んでいた木の実がはじけ、化け物の顔を直撃する。



    脚注




    関連項目


  • 日本の妖怪一覧



    外部リンク


  • 宗優子の妖怪キッズ

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    2008年06月26日

    妖怪[管狐]

    妖怪事典管狐


    『甲子夜話』)
    管狐(くだぎつね)とは、伝承上・伝説の生物一覧|伝説の生物で、竹管のような細い筒の中に住む、小さく細長い日本の妖怪・妖精・精霊の一種。容姿は、名前の通りキツネ|狐のような形をしている。別名、飯綱(いづな)、飯綱権現とも言い、新潟、中部地方、東北地方の霊能者や信州の飯綱使い(いづなつかい)などが持っていて、通力を具え、占術などに使用される。飯綱使いは、飯綱を操作して、予言など善なる宗教活動を行うのと同時に、依頼者の憎むべき人間に飯綱を飛ばして憑け、病気にさせるなどの悪なる活動をすると信じられている。狐憑きの一種として語られることもあり、地方によって管狐を有するとされる家は「くだもち」と呼ばれて忌み嫌われた。管狐は味噌が好きで、これに憑かれると人は味噌ばかり食べるようになり、病気の人は食欲が出る。そして、憑かれると管狐の思惟を話すようになる。管狐に竹管から出してほしいとせがまれて竹管から出すと、持ち主の近隣に農作物を不作にする、病人を出す、機の調子を悪くするなどの悪事を働くとされるが、これは西洋で魔女がなすとされる害悪と類似する。日本でも、秀吉が陰陽師狩りをし、河原者、非人として京都の陰陽師を尾張に流した。今でもその部落はあり、それは古文書にも記されている。また、天狗に使役される使い魔なので、これを飼い慣らす事ができれば、大金持ちになることができるとされている。なお、「管狐」の語はイタチ科の動物オコジョの別名としても用いられる。



    関連項目


  • イタコ

  • 陰陽道

  • 祈祷・祈祷師

  • 憑依

  • 犬神

  • 日本の妖怪の一覧

  • イイズナ(イタチの一種)

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    2008年06月24日

    妖怪[犬神]

    妖怪事典犬神




    鳥山石燕『画図百鬼夜行』
    犬神(いぬがみ)は、キツネ|狐憑き、狐持ちなどとともに、西日本に最も広く分布する犬霊の憑き物(つきもの)。近年まで、大分県東部、島根県、四国の北東部から高知県一帯においてなお根強く見られ、狐の生息していない四国を犬神の本場であると考える説もある。また、犬神信仰の形跡は、島根県西部から山口県、九州全域、さらに薩南諸島より遠く沖縄県にかけてまで存在している。 なまって「インガメ」、「イリガミ」とも呼ばれる。





    犬神の由来

    犬神の憑依現象は、平安時代にはすでにその呪術に対する禁止令が発行された蠱術(こじゅつ:蠱道、蠱毒とも。特定の動物の霊を使役する呪詛(じゅそ)で、非常に恐れられた)が民間に流布したものと考えられ、 飢餓状態の犬の首を打ちおとし、さらにそれを辻道に埋め、人々が頭上を往来することで怨念の増した霊を呪物として使う方法が知られる。また、犬を頭部のみを出して生き埋めにし、または支柱につなぎ、その前に食物を見せ置き、餓死しようとするとき、その頸を切ると、頭部は飛んで食物に食いつき、これを焼き、骨とし、器にいれ、祀る。すると永久にその人に憑き、願望を成就させる。犬神は代々伝わり、他家はその家と婚姻関係をむすばないという。しかし、犬神の容姿は、若干大きめのネズミほどの大きさで斑があり、尻尾の先端が分かれ、モグラの一種であるため目が見えず、一列になって行動すると伝えられている。これは、犬というより管狐やオサキを思わせ、純粋に蠱道の\xA1 5$H$$$&$o$1$G$O$J$$$H9M$($i$l$k!#$`$7$m8QNn?.6D$rCf?4$H$9$k5$NCf3K$r@.$7$F$$$k$H9M$($i$l$k!#



    犬神持ち

    犬神は、犬神持ちの家の納戸の箪笥、床の下、水甕(みずがめ)の中に飼われていると説明される。他の憑き物と同じく、喜怒哀楽の激しい情緒不安定な人間に憑きやすい。これに憑かれると、胸の痛み、足や手の痛みを訴え、急に肩をゆすったり、犬のように吠えたりすると言われる。犬神の憑きやすい家筋、犬神筋の由来は、これらの蠱術を扱った術者、山伏、祈祷者、巫蠱らの血筋が地域に伝承されたものである。多くの場合、漂泊の民であった民間呪術を行う者が、畏敬と信頼を得ると同時に被差別民として扱われていたことを示している。というのも、犬神は、その子孫にも世代を追って離れることがなく、一般の村人は、犬神筋といわれる家系との通婚を忌み、交際も嫌うのが普通である。四国地方では、婚姻の際に家筋が\xA1 D4$Y$i$l!"犬神の有無を確かめるのが習しとされた。。犬神持ちの家は富み栄えるとされている。一方で、狐霊のように祭られることによる恩恵を家に持ち込むことをせず、祟神として忌諱される場合もある。



    犬神を取り扱った作品


  • 阿佐ヶ谷Zippy

  • あまつき

  • 犬神 (漫画)|犬神(外薗昌也)

  • 狗神(小説:坂東眞砂子、映画:2001年東宝)

  • いぬかみっ!

  • 犬神の悪霊

  • GS美神 極楽大作戦!!

  • 地獄先生ぬ〜べ〜

  • 犬神博士

  • しゃばけシリーズ

  • Missing

  • 犬神家の一族




    関連項目


  • 妖怪

  • 憑きもの筋

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    2008年06月22日

    妖怪[あやかしの怪火]

    妖怪事典あやかしの怪火


    あやかしの怪火(あやかしのあやしび)とは、石川県などに伝わる伝承をもとにした妖怪。単に怪火(あやかしび)とも。別名は、そうはちぼん、ちゅうはちぼん。



    概要

    山の中腹を不気味な光を放ちながら群れて移動する。『気多古縁起』によれば神通力を用いて自由自在に空中を浮遊する光の玉であるとの記述が見られ、未確認飛行物体|UFO研究者などからは「江戸時代に現れたUFOの事ではないだろうか」などと言われている読売新聞:とくだね紀行。また対馬では夕暮れに海岸に現れるといい、火の中に子供が歩いているように見えるという。沖合いでは怪火が山に化けて船の行く手を妨げるといい、山を避けずに思い切ってぶつかると消えてしまうといわれる多田克己 『幻想世界の住人たち IV 日本編』 新紀元社、1990年、181頁。ISBN 4-915-14644-8。



    そうはちぼん

    そうはちぼんとは元々は仏具であり、楽器のシンバルのような楕円形の形をしている。UFOの町として名高い石川県羽咋市では『そうはちぼん伝説』が各地に伝承されており、その特徴などからUFOと絡めて扱う書物が多い為か、あやかしの怪火は他の一般的な火の玉、鬼火などとは異なった捉えられ方をしている。



    脚注




    関連項目


  • 未確認飛行物体


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    2008年06月21日

    妖怪[おとら狐]

    妖怪事典おとら狐


    おとら狐(おとらぎつね)とは、愛知県に伝わるキツネ|狐の妖怪。



    概要

    おとら狐は人間に取り憑き、様々な悪戯する妖怪で、取り憑かれた人間は常時では考えられない言動を行う。「おとら狐」の語源はおとらという娘に狐が取り憑いたことから。狐憑きの地方版と考えられる。取り憑かれた者は左眼から眼脂を流し、左足がうずくように痛むと言う。これは、かつて長篠の合戦において鉄砲の流れ弾を受けた為と言い伝えられている。憑かれる者の多くは病人であり、憑かれると長篠の合戦のことや自分の身の上をよく語るようになるともいう村上健司編著 『妖怪事典』 毎日新聞社、2000年、84頁。ISBN 4-620-31428-5。おとら狐が人に憑くのは、本来長篠城の稲荷神|稲荷社の使いであったおとら狐が、長篠の合戦後に社を放置されたことを恨んでいるためといい、後にそれを鎮めるために長篠城の勝 ki.0p2Y$Kおとら狐が祀られたと伝えられる。現在では社は、愛知県新城市の大通寺に移されている宮本幸枝・熊谷あづさ 『日本の妖怪の謎と不思議』 学習研究社、2007年、65頁。ISBN 4-056-04760-X。



    主な伝承

    愛知県の郷土研究社が1916年に出版した『郷土研究』にはおとら狐に取り憑かれた人間のさまざまな様子が伝承として記録されている。

  • 老人がおとら狐に取り憑かれた。歯が無いのに生魚をバリバリと食べていた。

  • 寝たきりの老婆におとら狐が取り憑き、一晩中踊り明かした翌朝に亡くなった。

  • 病気療養をしていた母におとら狐が取り憑いた。排泄物には与えていない物が入っていた。また、同書にはおとら狐を取り除く方法として、陰陽師や修験者による祈祷か、秋葉山の奥に住む山住様(御犬様)を迎えてくると良いと記されている。



    脚注




    外部リンク


  • 国際日本文化研究センター怪異・妖怪伝承データベース

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    2008年06月20日

    妖怪[百々目鬼]

    妖怪事典百々目鬼


    『今昔画図続百鬼』より「百々目鬼
    百々目鬼(とどめき、どどめき。百目鬼(どうめき)とも)は、鳥山石燕の『今昔画図続百鬼』(巻之下 明)に記された妖怪。盗癖のある女性の腕に、盗んだ鳥目(金銭)の精が鳥の目となって無数に現れたのでこれを百々目鬼と呼んだ、とある。また、「鳥目」は、別に「御足」と呼ばれることもあり、「足が付く」という洒落から出来た妖怪と言う説もある。また、栃木県宇都宮市には藤原藤太秀郷が百目鬼と呼ばれる鬼を退治したとする伝承がある。秀郷に致命傷を与えられた鬼は本願寺の智徳上人の引導によって成仏し、その最後の地を百目鬼と呼ぶようになったという。この伝説にちなんだ百目鬼面と呼ぶ瓢箪を加工した郷土玩具があり魔除の面として親しまれている。



    百目鬼伝説

    平安時代中期、常陸国(現在の茨城県)、下総国(現在の千葉県)に領地を持つ平将門という地方領主がいた。将門は地方政治が乱れているのを嘆き、これを正して自ら新皇(天皇)を名乗るが、朝廷からは地方役所(国府)に逆らった者とみなされ全国に追討命令が出された(平将門#生涯|平将門の乱)。当時下野国の押領使であった藤原秀郷|藤原秀郷(田原藤太)はこの命令を受けて将門軍と幾度にも亘って剣を交えるが苦戦を強いられる。秀郷は下野国に戻った折、宇都宮二荒山神社|宇都宮大明神に戦勝祈願を行い一振りの聖剣を授かり、これを持って引き返し将門軍と再び戦闘を繰り広げ、ようやくこれを討ち取ることが出来た。この功績をもって、秀郷は朝廷から恩賞として国司|下野国司に任ぜられ、さらに武蔵国司・鎮守府将軍を兼務することとなった。秀郷は下野国・宇都宮市|宇都宮の地に館を築き、ある日その近くで狩りを行った。狩りの帰り道、栃木県道63号藤原宇都宮線|田原街道・大曽の里を通りかかると老人が現れ、「この北西の兎田という馬捨場に百の目を持つ鬼が現れる」ことを告げられた。秀郷が兎田に行ぁ C$FBT$C$F$$$k$H!"1/;0$D;~$N:"!"2d$+$K1@$,4,$-5/$3$j!"N>f==<\$N54$,8=$l!";`$s$@GO$K$`$7$c$V$j$D$$$?村上健司編著 『妖怪事典』 毎日新聞社、2000年、238-239頁。ISBN 4-620-31428-5。。秀郷は弓を引いて最も光る目を狙って矢を放った。矢は鬼の急所を貫き、鬼はもんどりうって苦しみながら宇都宮二荒山神社|明神山の麓まで逃げたが、ここで倒れて動けなくなった。鬼は体から炎を噴き、裂けた口から毒気を吐いて苦しんだため、秀郷にも手が付けられない状態となった。仕方なく秀郷はその日は一旦館に引き上げることとした。翌朝、秀郷は鬼が倒れていた場所に行ったが、黒こげた地面が残るばかりで鬼の姿は消えていた。それから400年の時が経って、室町幕府を立ち上げた足利氏が将軍となった時代、明神山の北側にある塙田村・本願寺の住職が怪我をするとか寺が燃えるといった事件が続いた。その中、智徳上人という徳深い僧が住職となると、その説教に必ず姿を見せる歳若い娘がいた。実はこの娘こそ400年前にぁ 3$NJU$j$GIN;`$N=E>I$rIi$C$?54$N2>$N;Q$G!"D92,$NI47j$K?H$r@x$a=! }IU$$$?B N$,L~$($k$N$rBT$A!"L<$N;Q$K?H$rJQ$($F$O$3$NIU6a$rK,$l$F!"e?M$O$=$l$r8+GK$j!"54$O=*$K@5BN$r8=$7$?!#54$OCRFA>e?M$NEY=E$J$k@b65$K?4$r2~$a!"FsEY$H0-$5$r$7$J$$$H>e?M$K@@$C$?$N$G$"$C$?!#$3$l0J9_!"$3$N<~JU$rI4L\54$H8F$V$h$&$K$J$C$?$H$$$&!#:#$b1'ET5\$NL@?@;3$N@>B&$K$O!VI4L\54DL$j!W$H$$$&L>>N$G;D$k!#JL@b$G$O=(6?$,54$rF$$C$?D>8e!"2P$r?a$-$D$D6l$7$`54$K=(6?$,6a$E$1$J$$$G$$$k$H$3$m$XCRFA>e?M$,$d$C$FMh$F!"?t'$($k$H!"2P$,$d$`$H6&$K54$NI4L\$,>C$($F?M4V$N;Q$H$J$C$?$N$G!"=(6?$O$=$N;`BN$r$=$NCO$KAr$C$?$H$b$$$&。栃木の民芸品の一つであるふくべ細工の鬼面は、この伝説にちなんで魔除けとして作られたものといわれる



    脚注!




    関連項目


  • 日本の妖怪一覧

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    2008年06月19日

    妖怪[茨木童子]

    妖怪事典茨木童子




    茨木童子(いばらきどうじ)は、平安時代に大江山を本拠に京都を荒らし回ったとされる「鬼」の一人。酒呑童子(しゅてんどうじ)の最も重要な家来であった。出生地には、摂津国(大阪府茨木市水尾、または兵庫県尼崎市富松)という説と、越後国(新潟県旧栃尾市、現在の長岡市の軽井沢集落)という説がある。生まれた頃から歯が生え揃っていた、巨体であったなど周囲から恐れられ、鬼と化した後は酒呑童子と出会い舎弟となり、共に京を目指した。酒呑童子一味は大江山(丹波国にあったとされるが、現在の京都市と亀岡市の境にある大枝山という説もある)を拠点にし、京の貴族の子女を誘拐するなど乱暴狼藉をはたらいたが、源頼光と4人の家臣たち(頼光四天王)によって滅ぼされたという。 しかし茨木童子は逃げ延びたとされ、その後も頼光四天王の一人である渡辺綱と一条戻り橋や羅生門で戦った故事が後世の説話集や能、謡曲、歌舞伎などで語り継がれている。



    出生




    [ 越後説 ]

    茨木童子(ここでは茨城童子とも書く)は酒呑童子と同じく越後国|越後出身との説がある。酒呑童子は蒲原郡の砂子塚(現・新潟県分水町砂子塚)生まれで国上寺の稚児だったが、茨木童子は古志郡の山奥の軽井沢(現・新潟県長岡市軽井沢)の生まれでやはり弥彦神社に預けられていた。同地には酒呑童子と茨木童子が相撲を取った場所があり、茨木童子を祀る祠がある。またこの地区は「茨木」姓が多く、茨木姓の家では節分に豆をまかない習わしがあり、また家の屋根に破風を作るとその家では不良が出るので作らないという言い伝えがあるという。美男子で知られ娘たちから山ほど恋文を送られていた外道丸こと酒呑童子同様、茨木童子も美少年として多くの女性に言い寄られ、将来を案じた母親に弥彦神社に送られることになった。と\xA1 $3$m$,$"$k;~LoI'?@:$C$F5$$r<:$$!"5$$E$/$H54$X$HJQ$o$j2L$F$F;{$+$iF($2$F0-$N8B$j$r?T$/$9$h$&$K$J$C$F$$$?!#茨木童子は舎弟となり共に周囲の村々を襲っていたが、そのうわさを聞いた母が、彼の幼い頃の産着を着けて茨木童子の前に立つと、茨木童子は急に子供の頃の想い出が甦ったか、「二度とこの地を踏まぬ」と約束して、酒呑童子とともに信州戸隠山|戸隠などを経て京へと向かった。


    [ 摂津説 ]

    酒呑童子の出生地にはほかにも伊吹山麓など有力な説があるが、茨木童子の出生地についても兵庫県尼崎市や大阪府茨木市の説もあり、『摂津名所図会』・『摂陽研説』・『摂陽群談』などの資料ではこれらを採っている。1701年刊行の『摂陽群談』では、 摂津国の富松の里(現・兵庫県尼崎市)で生まれ、茨木の里(茨木市)に産着のまま捨てられていたところを酒呑童子に拾われ茨木の名をつけて養われたとある。また『摂陽研説』では、茨木童子は川邊郡留松村(富松と同じく尼崎市の一部)の土民の子であったが、生まれながらに牙が生え、髪が長く、眼光があって成人以上に力があったので、一族はこの子を怖れて島下郡茨木村の辺りに捨て、酒呑童子に拾われたという。茨木市の伝承では、茨木童子は水尾村(現・茨木市)の生まれだが、16ヶ月の難産の末に生まれたときにはすでに歯が生え揃い、生まれてすぐに歩き出して、母の顔を見て鋭い目つき\xA1 $G>P$C$?$?$aJl$O%7%g%C%/$GK4$/$J$C$?!#Ic$O54$N$h$&$J@V;R$r;}$FM>$7!"NY$N0qLZB<$N6eF,?@!J$/$:$,$_!K$N?96a$/$K$"$kH17k$$|髪結床屋の前に捨て、以後茨木童子は子のいなかった床屋夫妻の子として育った。幼くして体格も力も大人を凌いだ童子を床屋も持て余したが、床屋の仕事を教えて落ち着かせることにした。ところがある日、童子はかみそりで客の顔を傷つけてしまい、あわてて指で血をぬぐったものの、指をきれいにしようと血をなめるとその味が癖になってしまい、以後わざと客の顔を傷つけては血をすするようになった。床屋に怒られた童子は気落ちして近くの小川の橋にもたれてうつむいていると、水面に写る自分の顔がすっかり鬼になってしまっているのに気づき、床屋には帰らずに北の丹波の山に逃げ、やがて酒呑童子と出会い家来となったと言う。その橋は「茨木童子貌見橋(すがたみばし)」と呼ばれていたが現存せず、跡地に碑が立っている。



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    酒呑童子の一味による被害があまりにも大きく、源頼光が鬼退治に行くこととなり、配下の頼光四天王(渡辺綱・坂田金時・碓井貞光・卜部季武)や友人の藤原保昌ら、総勢五十数名とともに大江山に向かった。山伏の姿になった一行はさまざまな人々の助けを得ながら、一晩の宿を求める振りをして酒呑童子の本拠にはいることに成功した。その晩は酒盛り上がり、深夜、酔って動かなくなった酒呑童子の一味の鬼たちを頼光らは残らず退治した。ただし、茨木童子のみは渡辺綱と戦っていたところ、酒呑童子の討たれるのを見てこれはかなわないと退却し、唯一逃げるのに成功したという。



    渡辺綱と茨木童子の戦い

    渡辺綱と茨木童子の物語は

  • 『平家物語・劔巻』

  • 『太平記』

  • 『前太平記』

  • 『源平盛衰記』
    などに出てくるほか、

  • 『御伽草子』

  • 『茨木』(歌舞伎)

  • 『戻橋』(歌舞伎)

  • 『羅生門』(能)

  • 『綱館』(長唄)
    にも登場し、それぞれ細部が異なっている。おおむね、''「渡辺綱が茨木童子の腕を切り落とすが、茨木童子は腕を取り戻しに綱の元へやってくる」''というものである。また上記の伝承を元に木原敏江が1978年タイトル「大江山花伝」で漫画化、同作は1986年宝塚歌劇団雪組本公演で柴田侑宏脚色・演出で舞台化(茨木童子役は平みち)されたほか、島田まゆが1996年タイトル「IBARAGI茨木」で舞台を現代に移して、渡辺綱の子孫である高校生と茨木童子(この作品では女性である)のエピソードを創作している。


    [ 一条戻橋 ]

    茨木童子が出現するのは、堀川にかかる一条戻橋の上というパターン。若い美女が道に困っていたため、渡辺綱が馬に乗せてやると、女は突然鬼の姿になって綱の髪の毛を掴み、空中に飛び上がって愛宕山 (京都市)|愛宕山に連れ去ろうとした。綱は慌てず名刀・髭切で鬼の腕を切って難を逃れた。綱は、切り取った鬼の腕を源頼光に見せた。頼光が陰陽師(安倍晴明だとする話もある)に相談したところ、「必ず鬼が腕を取り返しにやって来るから、七日の間家に閉じこもり物忌みをし、その間は誰も家の中に入れないように」と言われた。それから数日間、茨木童子はあらゆる手を用いて綱の屋敷へ侵入しようとするが、綱の唱える仁王経や護符の力で入ることができなかった。ついに七日目の晩になって、摂津の国から綱の伯母・真柴(伯母ではなく養母が来るという話もある)が綱の屋敷にやってきた。綱は事情を話し決して伯母を屋敷に入れなかったが、年老いた伯母は「幼いころ大切に育てた報いがこの仕打ちか」と嘆き悲しんだので綱\xA1 $O;EJ}$J$/8@$$$D$1$rGK$C$FGlJl$r20I_$KF~$l$k!#$H$3$m$,!"$3$NGlJl$O茨木童子の化けた姿だった。伯母の姿のまま、綱が切り取ったと言う鬼の腕を見たいと言い、封印された唐櫃から出されてきた腕を手にとってじっくり見ていると、突然伯母は鬼の姿に戻った。そして腕を持ったまま飛び上がり、破風を破って空の彼方に消えたという。


    [ 羅生門 ]

    『今昔百鬼拾遺』
    渡辺綱が茨木童子の腕を切り落とすのは羅生門という筋のものもある。大江山の鬼退治が終わってしばらくした頃、源頼光以下四天王たちが集った酒宴の席で、近頃羅生門に鬼が出るという話になった。#ならばと全員で度胸試しに出かけると、綱の番になって門に入ると鬼に出会ってしまい、格闘の末、鬼の腕を切り落とした。
    ・まさか鬼の生き残りがいるわけがないと思った綱が羅生門に行ってみると、そこには茨木童子(または美女にばけた茨木童子)がいて、やはり格闘の末、鬼の腕を切り落とした。その後、同様に茨木童子は姿を変え、腕を取り戻しに現れる。



    茨木童子のその後

    腕を取り戻した後の茨木童子の行方は定かではない。摂津の民話では、しばしば実家に帰った話や、実家に帰ったが追い返された話などがある。



    外部リンク


  • 怪異・妖怪伝承データベース

  • Fantapedia〜幻想大事典 茨木童子

  • 茨木童子



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    2008年06月17日

    妖怪[おとら狐]

    妖怪事典おとら狐


    おとら狐(おとらぎつね)とは、愛知県に伝わるキツネ|狐の妖怪。



    概要

    おとら狐は人間に取り憑き、様々な悪戯する妖怪で、取り憑かれた人間は常時では考えられない言動を行う。「おとら狐」の語源はおとらという娘に狐が取り憑いたことから。狐憑きの地方版と考えられる。取り憑かれた者は左眼から眼脂を流し、左足がうずくように痛むと言う。これは、かつて長篠の合戦において鉄砲の流れ弾を受けた為と言い伝えられている。憑かれる者の多くは病人であり、憑かれると長篠の合戦のことや自分の身の上をよく語るようになるともいう村上健司編著 『妖怪事典』 毎日新聞社、2000年、84頁。ISBN 4-620-31428-5。おとら狐が人に憑くのは、本来長篠城の稲荷神|稲荷社の使いであったおとら狐が、長篠の合戦後に社を放置されたことを恨んでいるためといい、後にそれを鎮めるために長篠城の勝 ki.0p2Y$Kおとら狐が祀られたと伝えられる。現在では社は、愛知県新城市の大通寺に移されている宮本幸枝・熊谷あづさ 『日本の妖怪の謎と不思議』 学習研究社、2007年、65頁。ISBN 4-056-04760-X。



    主な伝承

    愛知県の郷土研究社が1916年に出版した『郷土研究』にはおとら狐に取り憑かれた人間のさまざまな様子が伝承として記録されている。

  • 老人がおとら狐に取り憑かれた。歯が無いのに生魚をバリバリと食べていた。

  • 寝たきりの老婆におとら狐が取り憑き、一晩中踊り明かした翌朝に亡くなった。

  • 病気療養をしていた母におとら狐が取り憑いた。排泄物には与えていない物が入っていた。また、同書にはおとら狐を取り除く方法として、陰陽師や修験者による祈祷か、秋葉山の奥に住む山住様(御犬様)を迎えてくると良いと記されている。



    脚注




    外部リンク


  • 国際日本文化研究センター怪異・妖怪伝承データベース

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    2008年06月16日

    妖怪[木霊]

    妖怪事典木霊



    『画図百鬼夜行』木霊(こだま、木魂)は樹木に宿る精霊、またはその宿った樹木自体を指していう語。前者は山中を敏捷に、自在に駆け回るとされる。山や谷で音が反射して遅れて聞こえる現象である山彦(やまびこ)は、この精霊のしわざであるともされ、木霊とも呼ばれる。後者は外見はごく普通の樹木であるが、切り倒そうとすると祟られるとか、神通力に似た不思議な力を有するとされる。これらの木霊が宿る木というのはその土地の古老が代々語り継ぎ、守るものであり、また、木霊の宿る木には決まった種類があるともいわれる。これらの樹木崇拝は、北ヨーロッパ|北欧諸国をはじめとする他の国々にも多くみられる。



    関連項目


  • キジムナー

  • 自然霊

  • 山神

  • 水神

  • 荒魂・和魂

  • 生気論


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    2008年06月15日

    妖怪[伴かづぎ]

    妖怪事典伴かづぎ


    トモカヅキとは、三重県鳥羽市や志摩市に伝わる、海の妖怪である。



    概説

    トモカヅキは、海人などの海に潜る者にそっくりに化けるという。つまり、海には自分一人だけのはずなのに、自分そっくりの身なりの人がいるということになる。また、トモカヅキは、人を暗い場所へと誘ったり、アワビを差し出したりする。この誘いに乗ってしまうと、命が奪われると恐れられている。海中作業中の譫妄ではないかとも言われている。なお、「カヅキ」とは「海人」のことである。



    関連項目


  • 鳥羽市

  • 志摩市

  • セーマンドーマン(トモカヅキの魔除け)

  • 忍たま乱太郎(作中にトモカヅキが登場した)

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    2008年06月14日

    妖怪[一本だたら]

    妖怪事典一本だたら



    一本だたら、一本踏鞴(いっぽんだたら)とは、日本に伝わる妖怪の一種で、熊野(和歌山県)の山中などに棲み、一つ目で一本足の姿をしている。



    概要

    和歌山と奈良県の境の華無山脈では12月20日のみ現れるといい、この日は「果ての二十日」と呼ばれて厄日とされた。華無の名の由来は「果ての二十日」に人通りが無くなるからだともいう村上健司編著 『妖怪事典』 毎日新聞社、2000年、40頁。ISBN 4-620-31428-5。。奈良県の伯母ヶ峰山でも同様に、12月20日に山中に入ると一本だたらに遭うといい、この日は山に入らないよう戒められている。こちらの一本だたらは電柱に目鼻をつけたような姿といい、雪の日に宙返りしながら一本足の足跡を残すという。また伯母ヶ峰山の一本だたらは、猪笹王というイノシシ|猪の霊が化けた鬼神を指すこともある。猪笹王は旅人を食い殺して人々から恐れられていたが、ある高僧が地蔵を勧請したことでこの凶行は止んだ。しかぁ 7G/$K0lEY!"12月20日だけは猪笹王が自由になるのだという宮本幸枝・熊谷あづさ 『日本の妖怪の謎と不思議』 学習研究社、2007年、75頁。ISBN 4-056-04760-X。。人間を襲うという伝承が多いが、なぜか郵便屋だけは襲わないといわれる。名称の「だたら」はたたら吹き|タタラ師(鍛冶師)に通じるが、これは鍛冶師が重労働で片目と片脚が萎えること、一本だたらの出没場所が鉱山跡に近いことに関連するとの説がある多田克己 『幻想世界の住人たち IV 日本編』 新紀元社、1990年、39頁。ISBN 4-915-14644-8。(隻眼#神話・伝説の中の隻眼を参照)。一つ目の鍛冶神、天目一箇神(あめのまひとつのかみ)の零落した姿であるとも考えられている。2004年春には、和歌山県田辺市の富田という地域の田で1本足の足跡が発見され、「鼻 YED$N$,$7$c$s$\!W$H8F$P$l!"一本だたらやかしゃんぼ|がしゃんぼ(かしゃんぼ)の復活かと話題になった山口敏太郎・天野ミチヒロ 『決定版! 本当にいる日本・世界の「未知生物」案内』 笠倉出版社、2007年、105頁。ISBN 4-773-00364-2。。奈良県吉野郡の松本工房では、一本だたらの伝承をもとにした民芸品「一本足だたらこけし」を2005年より販売しており、妖怪土産として秀逸な一品との声もある宮本幸枝著・村上健司監修 『大人が楽しむ地図帳 津々浦々「お化け」生息マップ - 雪女は東京出身? 九州の河童はちょいワル? -』 技術評論社、2005年、37頁。ISBN 4-774-12451-6。。また、富山県上新川郡(現・富山市)、岐阜県北部の飛騨地方、岡山県都窪郡に伝わる妖怪の雪入道(ゆきにゅうどう)も一つ目と一本足の大入道で、雪の上に30cmほどの大きさの足跡を残すというが『妖怪事典』 3! 57頁。一本だたらと特徴が共通することから、文献によっては同一の妖怪として混同されている草野巧 『幻想動物事典』 新紀元社、1997年、33頁。ISBN 4-883-17283-X。



    脚注




    関連項目


  • 日本の妖怪一覧

  • キ (中国神話) - 中国の一本足の妖怪。

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    2008年06月13日

    妖怪[あまんじゃく]

    妖怪事典あまんじゃく



    天の邪鬼(あまのじゃく、あまんじゃく)は、悪鬼神もしくは小鬼、また日本の妖怪の一種とされる。河伯、海若とも書く。



    由来

    仏教では人間の煩悩を表す象徴として、四天王や執金剛神に踏みつけられている悪鬼、また四天王の一である毘沙門天像の鎧の腹部にある鬼面とも称されるが、これは鬼面の鬼が中国の河伯(かはく)という水鬼に由来するものであり、同じく中国の水鬼である海若(かいじゃく)が「あまのじゃく」と訓読されるので、日本古来の天邪鬼と習合され、足下の鬼類をも指して言うようになった。日本古来の天邪鬼は、記紀にある天稚彦(あめのわかひこ)や天探女(あまのさぐめ)に由来する。天稚彦は葦原中国を平定するために天照大神によって遣わされたが、務めを忘れて大国主神の娘を妻として8年も経って戻らなかった。そこで次に雉名鳴女を使者として天稚彦のもとへ遣わすが、天稚彦は仕えていた天探女から告げられて雉名鳴女を矢で射殺するが、その矢が天から射返されて、天稚彦自身も死んでしまう。天探女はその名が表すように、天の動きや未来、また人の心を探ることができるシャーマン的な存在とされており、この説話が後に、人の心を読み取って反対に悪戯をしかける小鬼と変化していった。本来、天探女は悪者ではなかったが天稚彦に告げ口をしたということかぁ i!"E7$Nl9g$,B?$$!#!V$&$j$3$R$a$H$"$^$N$8$c$/|うりこ姫」等、昔話(日本の童話)にも登場する。



    転用

    「人の心を見計らって悪戯をしかける子鬼」とされることから転じて、現代では「他者(多数派)の思想・言動を確認したうえで、あえてこれに逆らうような言動をする"ひねくれ者"、"つむじ曲がり"」「本心に素直になれず、周囲と反発する人」またはそのような言動を指して、「あまのじゃく(な人)」と称されるようになった。



    関連項目


  • アメノワカヒコ

  • 日本の妖怪の一覧

  • 伝説の生物一覧

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    2008年06月12日

    妖怪[座敷童子]

    妖怪事典座敷童子


    座敷童子(ざしきわらし)は、主に岩手県に伝えられる精霊的な存在。座敷わらしに会えると評判の宿は岩手県の金田一温泉「緑風荘」と岩手県盛岡市天神町にある「菅原別館」。他に民宿「とおの」、最近では民宿「わらべ」、金田一温泉「仙養舘」の座敷童子が有名。



    概要

    一般的には、赤面垂髪の5、6歳くらいの小童(童子のことも童女のこともある)で、豪家や旧家の奥座敷におり、その存在が家の趨勢に関ると言われるため、これを手厚く取り扱い、毎日膳を供える家もある。座敷童子は悪戯好きで、夜になると客人の布団の上にまたがったり枕を返したりするが、見たものには幸運が訪れるといわれる。小さな足跡を灰やさらし粉の上に残し、夜中に糸車を回す音を立てるともいわれ、奥座敷で御神楽のような音を立てて遊ぶことがある。また家人が一人で縫い物をしていたとき隣の部屋で紙ががさがさする鼻を鳴らす音がするので板戸を空けると誰もいないなどの話が伝わっている。姿は家の者以外には見えず、子供には見えても、大人には見えないとする説もある。狐持や犬神持に類似した構造を持つが、座敷童子の住んでいることを迷惑がらず、むしろ神として保護し、周囲の人間も座敷童子のいる家に対して一種畏敬の念を持っぁ F@\$9$kE@$,!"$=$l$i$H$O0[$J$k!#:BI_F8!":BI_F8=0!":BI_$\$C$3!"B"%\%C%3!"8fB"%\%C%3!":BI_K7吉成勇編 『歴史読本特別増刊・事典シリーズ〈第16号〉日本「神話・伝説」総覧』 新人物往来社、1992年、256-257頁。、ウスツキコとも地方によって呼び方はいろいろ。主に岩手県を中心として報告されているが青森・宮城・秋田など東北各県にも分布すると言われる。柳田國男の『遠野物語』や『石神問答』などにより知られる。『遠野物語』には17話・18話に座敷童子の話がある。「この神の宿りたまふ家は富貴自在といふことなり」とのこと。『遠野物語』での表記は「ザシキワラシ」または「座敷ワラシ」。「ザシキワラシは座敷童衆なり」の注がある。『十方庵遊歴雑記』には、岩手県江刺市(現・奥州市江刺区)稲瀬の座敷童子についての記述が見られ、家の土間\xA1 $K$$$k座鼻 _F8;R を、「コメツキワラシ」、「ノタバリコ」、「ウスツキコ」等と言い、 奥座敷にいる色の白い最も綺麗な座敷童子を「チョウビラコ」と呼んでいる。少女の姿や男女二人など複数のワラシが住み着いていることもある。 手を出して人を招き、火事、洪水、津波などの災禍を知らせる為、「細手」、「長手」と呼んでいる例もある。 これに類するものに遠州門谷の「座敷坊主」、徳島の「赤しゃぐま|アカシャグマ」、 「クラワラシ」、「倉ぼっこ|クラボッコ」と呼ばれる、土蔵の中にいる座敷童子も存在する。石川の「枕返し|マクラガエシ」は、ある家の座敷に寝ると、特に二本差しや髭を立て洋服を着て高慢な顔をしたものが泊まると隣室に引き出すという。四国金毘羅宮の、奥の院周辺の家には、夜になると仏壇の中から「アカシャグマ」が出てきたという。アカシャグマとは、赤く染めたクマの毛のことで、これを被った小さな子供のようなものが、家の持ち主の婆さんをくすぐることが毎晩ぁ @$C$?$H$$$&!#9a@n8)Bg@n74GrD;D. (香川県)|白鳥町(現・東かがわ市)に伝わる座敷童子は童女姿で、髪の毛がショボショボに垂れていることから「オショボ」と呼ばれ、家の者には見えないとも家の者のみに見えるともいう多田克己 『幻想世界の住人たち IV 日本編』 新紀元社、1990年、261頁。ISBN 4-915-14644-8。村上健司編著 『妖怪事典』 毎日新聞社、2000年、80頁。ISBN 4-620-31428-5。。『別冊太陽 日本の妖怪』(平凡社)には「オボジョ」の名で同様の妖怪の記述がある谷川健一監修 『別冊太陽 日本の妖怪』 平凡社、1987年、134頁。。白い座敷童子は吉事の前触れであり、赤い童子(赤い顔、赤い服、赤い手桶を手にした童子)が目に見えるのは、童子が家を出て行くことによる凶事の前触れとの説もある。赤い服の童子を見た家族一同\xA1 $,CfFG;`$7$?;vNc$b$"$k早川和樹編\xA1 \xA1 X$3$o$$OC - あなたの知らないニッポンの“恐怖”』 ミリオン出版、2008年、102-103頁。ISBN 4-813-02076-3。。また『遠野物語』にも、座敷童子が去った家の家族数十人が毒茸を食べて全員中毒死するという事件が起こり滅びてしまったと書かれている座敷童子の由来は明白でないが、中世から昭和初期までの東北地方には、口減らしの為に新生児を間引いて屋内に埋める風習があり(現代であればもちろん殺人及び死体遺棄である)、その間引かれた子供の霊を祭る信仰を核として、呪術師の使役する役霊、仏教でいう護法童子、 民間でいう心得童子の信仰が加味され、今日に伝わったものと考えられる。この場合、東北地方の蚕神、竈神として祭られる「オクマイサマ」、「おしら様|オシラサマ」と同様、鎮魂信仰としての側面が強い。柳田國男によればザシキワラシの起源を仏教の守護霊として「高僧が護法童子を天より呼んだのと同じく」民間屐 `=w$N.$5$J6u4V$,$"$j!V@N$O2H$K1c2q$,$"$l$PI,$::BF,$r4-$S!W!"!V$3$l$r$b$?$;CV$/It20!W$@$H@bL@$5$l$F$$$k$,$b$C$H86=iE*$K8@$($P2H$N。ザシキワラシが出て行ったことにより家が没落した話は、貧乏神が出て行くことで裕福になった昔話『貧乏神』と同じである。家を富ますこともできる貧乏神は福の神でもあるわけで、ザシキワラシの富貴自在とも一致する。富と貴の重層性は、家に居着く神を語る民間伝承のパターンといえる。童子と老人がともに神性を体現する姿だということは、民俗学によって明らかにされていることである。ザシキワラシのいる家が旧家であり、間引かれた子たちの霊と重ねられたり、村の外から訪れた六部(六部、座頭、遍路、山伏等)を泊めて殺害し所察 }6b$rC%$$IYM5$K$J$C$?$,!";&$5$l$?$b$N$Nc.$j$G;R6!$,Aa;`$K$7$?$! jIT6q$K$ J$k$J$IIT9,$,$D$E$-2H$,KWMn$7$F$$$/L>2H$NKWMnEA>5$H7k$SIU$1$i$l8l$i$l$F$$$k$J$I!"%6%7%-%o%i%7$OB座敷童子に対する村人たちの視線の複雑さ。)を象徴する存在でもある。また、民俗学者・小松和彦は文化人類学的視点から童子に注目し、村落における家の盛衰や富の移動の問題を取り上げ、その属性には管狐|イズナ使いなど「動物霊としての憑き物」とほとんど重複しているとし、そこに抱え込んでいる「精霊がついている」家に共同体の優越性と劣等性や、「民族社会内のそれも特に旧家層における貧富の差およびその変動の説明原理」としての童子霊の信仰について分析している。口減らしのために間引くことを「臼殺(うすごろ)」と言い、間引く子を石臼の下敷きにして殺し土間、台所等に埋める風習があり、また生後間もなく死亡した新生児を逆児と呼び同様に埋めるともいう。間引いた子供の霊が、雨の日にぶるぶる震えながら縁側を歩く様を目撃されたり、客に悪戯\xA1 $J$I$N9T0Y$r$9$k$H8@$o$l$F$$$k!#$=$NNn$,?gL2IB$d座敷童子を家に居つかせて福をもたらし栄えさせようと、部屋の一角に子供が好む小部屋を作る風習もある。しばしば小説や映画やドラマの題材になる。文学上の座敷童子について、よくあるモチーフは以下の通り。*子供たちと座敷童子が遊ぶ。その姿は大人には見えない。

  • 子供たちが集まっている。数を数えると一人多いのだが、誰が多いのかわからない。しばらくしてもう一度数を数えると、こんどはちゃんと合っている。さっき多かった一人は座敷童子であろうということになった。



    座敷童子が登場する作品

    漫画

  • うしおととら

  • ゲゲゲの鬼太郎 - ゲゲゲの鬼太郎の登場人物#鬼太郎とその仲間たちを参照。

  • 地獄先生ぬ〜べ〜

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    映画

  • 河童のクゥと夏休み
    テレビドラマ

  • どんど晴れ
    童話

  • ざしき童子のはなし(宮沢賢治)
    ゲーム

  • 流行り神2



    芸術における座敷童


  • ユタとふしぎな仲間たち|ユタと不思議な仲間たち(劇団四季ミュージカル)



    脚注




    関連項目


  • 日本の妖怪一覧

  • 仙台四郎

  • 自然霊

  • 座敷童子 (小惑星)

  • 富士見町駅 (鳥取県)|富士見町駅

  • 緑風荘

  • 菅原別館

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    2008年06月11日

    妖怪[朧車]

    妖怪事典朧車


    『今昔百鬼拾遺』
    朧車(おぼろぐるま)は日本の妖怪である。平安時代の京都で、貴族らが使用していた牛車の場所の取り合いによって亡くなった女の怨念が牛車に乗り移った妖怪。雲のかかった朧月の夜、道を歩いていると後ろから牛車の音がする。
    振り返ってみると普段暖簾のかかっている部分に夜叉の顔をした巨大な女の顔があったという。



    関連項目


  • 日本の妖怪一覧


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    2008年06月10日

    妖怪[岩魚坊主]

    妖怪事典岩魚坊主


    岩魚坊主
    岩魚坊主(いわなぼうず)とは、日本各地の伝承に登場する大きなイワナ|岩魚が化けた妖怪である。



    概要

    釣り人が川で釣りをしている最中に、一人の坊主が現れて長話に興じる。この近くは寺の土地なので釣りはあまりしないようにと釣り人に注意をするが、釣り人は持っていたご飯を振るまったので、気をよくして坊主は帰って行った。その後、とても大きな岩魚がかかり、持って帰って捌いてみると、腹から坊主に振る舞ったご飯がでてきた。というような話である。もちろん、地域によって多少話の流れが異なるものの共通点としては、人間が坊主に食べさせたものが魚の腹から出てくるということである。



    いろいろなバリエーション

    釣り人は一人とは限らず、大勢で釣りを行う場合もある。毒を流したり網をはって大量に魚を捕ろうとするところへ現れた坊主が殺生を戒めるが、坊主が立ち去った後にその漁法で大きな岩魚がかかるというケースや、釣り人の釣り場を聞いて帰っていったが釣り人が釣り場を変えた途端に大きな岩魚がかかるケースなど、釣られないように必死で化けた岩魚で祟ることも無いというケースが多いようである。しかし中には釣れた後死骸から毒気が出て釣り人が死んでしまうという話も存在する。岩魚ではなく他の川魚だったり、沼の主の鯰だったりすることもあり、殆どの場合が大きな魚であり、年老いて妖怪になったものと思われる。あるいは、旅の坊主が一夜の宿を借りた次の日、大雨で川が決壊しそうな時に旅の坊主が飛び出していったが、雨がやんでから川を見に行ってみると腹が破れご飯の覗いた大きな岩魚が土手の亀裂に挟まって川の決壊を止めていたというような村を救った岩魚の話もある。いずれの話にせよ、最後に腹を割かれることで坊主と岩魚を同一視させるという流れであり、必ず死んでしまう可哀想な妖怪である。

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    2008年06月09日

    妖怪[河童]

    妖怪事典河童


    による河童
    による河童
    河童(かっぱ)は、日本の妖怪・伝説の生物一覧|伝説上の動物、または未確認動物。標準和名の「かっぱ」は、「かわ(川)」に「わらは(童)」の変化形「わっぱ」が複合した「かわわっぱ」が変化したもの。河太郎(かわたろう)とも言う。ほぼ日本全国で伝承され、その呼び名や形状も各地方によって異なる。類縁種にせこ等がいる。水神、またはその依り代、またはその仮の姿ともいう。鬼、天狗と並んで日本の妖怪の中で最も有名なものの一つとされる京極夏彦・多田克己編著 『妖怪図巻』 国書刊行会、2000年、147頁。ISBN 4-336-04187-3。多田克己 『幻想世界の住人たち IV 日本編』 新紀元社、1990年、110頁。ISBN 4-915-14644-8。。具体例としては各地に残る河童神社、河童塚(鯨塚、道具塚と同じ)がある。


    概要




    [ 外見 ]

    体格は子供のようで、全身は緑色または赤色。頭頂部に皿があることが多い。皿は円形の平滑な無毛部でいつも水で濡れており、皿が乾いたり割れたりすると力を失う、または死ぬとされる。口は短い嘴で、背中にはカメ|亀の様な甲羅が、手足には水掻きがあるとする場合が多い。両腕は体内で繋がっており片方の腕を引っ張るともう片方の腕が縮み、そのまま抜けてしまうこともある。肛門が3つある。体臭は生臭い。猿や川獺の様な姿とする事もある。


    [ 行動 ]

    川や沼の中に棲む。ただし例外に地行浜(現在、福岡ドームが建っている辺り)の酒飲み河童は、海に住む。泳ぎが得意。悪戯好きだが悪さをしない妖怪として伝えられる場合もあるが、多くは水辺を通りかかったり、泳いだりしている人を水中に引き込み、溺れさせたり、「尻子玉」(尻小玉とも書く)を抜いて殺す等の悪事を働く。抜いた尻子玉は食べたり竜王に税金として納めたりする。尻子玉とはヒトの肛門内にあると想像された架空の臓器で、これを抜かれると腑抜けになると言われている。この伝承は溺死者の肛門括約筋が弛緩した様子があたかも玉が抜けたように見えた事に由来する様である(尻子玉は胃や腸等の内臓を意味するという説もある)。人間の肝臓|肝が好物ともいうが、これも前述と同様の溺死者の姿があたかも内臓を抜き去ったかのように見えたことに由来するといわれる村上健司編著 『妖怪事典』 毎日新聞社、2000年、109-110頁。ISBN 4-620-31428-5。。相撲が大好きでよく子供を相撲に誘う。相撲に負けた子供 !$O?,;R6L$rH4$+$l$k!#河童は大人よりも力が強いが、仏前に備えた飯を食べた後に闘えば子供でも負けないと言われている。好物はキュウリ。これに因みキュウリを巻いた寿司の事を「カッパ巻き」と呼ぶ。キュウリを好むのは、河童が水神の零落した姿であり、キュウリは初なりの野菜として水神信仰の供え物に欠かせなかったことに由来するといわれる。義理堅く、魚や薬の製法を恩返しとして提供する民話も多く存在する。鉄、鹿の角、猿を嫌う。潜水時間は河童は12時間だが猿は24時間なので闘うと猿に負けるという民話もある。シダの葉で頭を撫でると人間に化ける事が出来る。


    [ 起源 ]

    河童の由来は大まかに西日本と東日本に分けられ、西日本では大陸からの渡来とされるが、東日本では安倍晴明の式神、役小角の護法童子、飛騨の匠(左甚五郎とも)が仕事を手伝わせるために作った人形が変じたものとされる。両腕が体内で繋がっているのは人形であったからともされる。大陸渡来の河童は猿猴と呼ばれ、その性質も中国の猴(中国では在来種より大きな猿を猴と表記する)に類似する。九州北部では河童の神を兵主部羅神という事から、熊本県のヒョウスベもその一派であると考えられる。河童にはまた、河神としての性格を残すものがあり、河神が秋に山神となるように、河童も一部地域では冬になると山童(やまわろ)になると言われる。大分県では、秋に河童が山に入ってセコとなり、和歌山県では、ケシャ\xA1 %s%\$K$J$k!#$$$:$l$b;3F8!"B($A;3$N?@$N;H$$$G$"$k!#$^$?!"河童は龍などと同じ水神ともいわれる。つまり、こうした伝承において河童は自然霊の化身であるとも言える。悪戯好きな性格の自然霊は、子供の様な純真無垢な人の周りに集まり易いと伝えられている。山の精霊とも言われる座敷童子等と同様に、河童も一部の子供にしか見えなかったという談があり、関連性が興味深い。河童は、間引きされた子供の遺体が河原にさらされている姿との説もある。江戸時代には間引きは頻繁に行われており、他の子供に間引きを悟られないよう大人が作った嘘とも言われている。よく言われる割にあまり説明の付かない頭の皿については、民俗学者の折口信夫が『河童の話』で興味深い指摘をしている折口信夫『古代研究?』223~252項、中公クラシックス、2003\xA1 G/。皿などは食物を載せる為の物で、つまりは生命力の\xA1 >]D'$G$" $k!#$^$?!V$$$D$5$i!"$`$5$i!"$J$J$5$i!&!&!W$H$$$C$?;.?t$($NEA>5$,$"$A$3$A$K$"$j!"2x$NOC$KE>2=$7$F0f8M$+$i?t$r?t$($k;.20I_|お菊さんのような女の怪談に繋がるのだが、河童が女に変わった理由もあるものという。古くから水の神に捧げる嫁或いは生け贄や、水に関わる土木工事での女の人柱は多く伝承され、折口は平戸に伝わる女河童の例を引いている。ある侍屋敷に下女がいて、皿を一枚落として破ったので主人が刀で斬りつけると海に逃げ、その姿を見れば河童であったという。『西遊記』に登場する沙悟浄は、日本ではしばしば河童に似た姿で描かれる。詳細は沙悟浄#日本の沙悟浄を参照。


    [ 現在の河童 ]

    現在の日本でも極たまに目撃談があり、ツチノコと並んで日本を代表する未確認生物とも言える。また、その類の生物としては珍しく、愛くるしい姿で描かれる事が多い。水辺に住んでいると伝えられるためか、河川や湖沼の水質汚染防止及び環境保護のマスコットキャラクターにされることが多い。



    呼び名

    各地方毎に様々な名で呼ばれている。「河童」の訛りとしてガワッパ、ガワワッパ、ガラッパ(熊本県八代|八代地方、鹿児島県川薩地方)、河太郎の訛りとしてゲータロ、ガタロウの他、水蛇の訛りと思われるメンドチ、メドチ、ドチガメ等がある。また、これらとは全く別系統のものとして、高知のシバテン(芝天狗の略)、愛媛県宇和地方でのエンコ水木しげる 『水木しげるの憑物百怪 上』 小学館〈小学館文庫〉、2005年、80頁。ISBN 4-094-04702-8。、岐阜県大野郡 (岐阜県)|大野郡や和歌山県でのガオロ『妖怪事典』 97頁。、岡山県(主として津山市)でのゴンゴ、対馬(長崎県対馬市)などでの河虎(かわこ)『妖怪辞典』 123頁。、大分県玖珠郡での川者(かわのもの)『妖怪辞典』 126頁。、熊本県飽託郡(現・熊本市)での旅の人(たびのひと)『妖怪辞典』 214頁。、鹿児島県トカラ列島のガウァ k『妖怪辞典』 96頁。がある。



    種類

    大まかに二種類に分けられる。


    [亀形態]

    体はウロコで覆われ嘴があり、頭には皿を乗せている。頭の皿が割れると死ぬ、または力を失い衰弱する。背中に甲羅があり手足に水かきがある。爬虫類が原型なのか、絵では手の親指がないことが多い。亀のように四本足で歩く絵も見受けられる。キュウリが好き。絵に書かれる事は多いが、キュウリが好物という以外には具体的に何をしたという特徴もない。一般的な河童の想像図に近い反面、目撃談は意外に少ない。牛や馬の尻や尾にしがみついていわゆる駒引きをするのはこちらの形態のものであると思われる。ただし、昭和の目撃例においてはこの二つと別の爬虫類らしき生物も目撃されており(後述)、こちらと混同された可能性もある。


    [類人猿形態]

    全身が体毛|毛に覆われている。口には牙があり、鼻の造形がはっきりしない。頭部には窪みがあり、そこに常に水を溜めている。その水が乾くと死ぬ、または衰弱する。手には親指があり、足には踵がある。相撲が得意でよく人間の子供と遊ぶ。存在する河童絵の3割程度は猿型だが、中には背中の甲羅が書かれていないものもある。春に水辺に下りてきて秋に山へ帰るのもこの種類だと思われ、山童やキジムナーも同一種と推測される。ほぼ日本全土に伝承や目撃例があるが、地域差も多少ある模様。北海道のミンツチが伝承しかないのに対し、九州、五島列島、沖縄などでは近世の目撃が非常に多い。昭和以降の目撃談では遠目に人間に見えるというのもこの種類と見て間違いない。甲羅を紐で結んでいる絵も多く見受けられるので、甲羅様の道具を蓑の様に使っている人間であるとも考えられる。ごく稀に甲羅でなく蓑の様な物で背中を覆っている河童の絵もある。九州では人間の歌や落石、倒木、ダイナマイトの爆破音を真似すると言われるが恐らく身\xA1 $r河童が人間を真似た歌は、節は奇麗だが言葉は不明であったとされている。



    各地の伝承




    [ 筑後 ]

    福岡県の筑後川付近には「河童と地元民との揉め事」や「河童族同士の戦争」の伝説や「河童に因んだ地名」等比較的年代が明確ではっきりした記録が数多く残っており、少なくともその当時「河童」と呼ばれたものが川辺付近に多く住んでいたと思われる。特徴は全身が毛に覆われている「類人猿形態」。筑後地方の河童は100匹以上の集団生活を営んでいたらしく、川の上流から海の傍まで幾つかの集団に分かれて生活していたらしい。更には人語を理解し、人間との複雑な契約も行っていた事から、河童は少数民族ではなかったかとも思われる。昭和初期まで河童を見た人が比較的多く居るのでこの時期に絶滅したのかも知れない。「水に入る前にはタケノ\xA1 %3$r?)$Y$k!W!V?e$KF~$kA0$K$OJ)A0HS$r?)$Y$k!W$H$$$C$?河童除けの風習は久留米市の水天宮付近が起源とされる。毎年8月には、水の祭典という祭りが行われる。これは、元々河童を崇めるために始まった祭りである。久留米市民図書館では、河童をモチーフとした置物があり、久留米市ではカッピースタンプというものがあり買い物をして集めるものである。


    [ 牛久沼と小川芋銭 ]

    茨城県の牛久沼には、「悪さをする河童を捕まえ松の木に括り付けたが、改心したので逃がしてやると、河童が草刈りをしてくれた」、「河童の手を拾って河童に返したところ、河童が万能の膏薬の作り方を教えてくれた」等、河童にまつわる伝説が多く残っている。生涯のほとんどを牛久沼のほとりで暮らした日本画家の小川芋銭は、河童を好み多数の河童の絵を残した事から『河童の芋銭』として知られている。晩年には画集『河童百図(1938年)』を出版している。


    実在性




    [ 河童のミイラ ]

    現在河童のミイラや河童の骨等と呼ばれる物は、多くは江戸時代のミイラ造形師が他の動物の部品を組み合わせて作った物である。好んで用いられたのはエイと猿、また、梟の頭部を使った物もある。また河童の手首のミイラと呼ばれる物のほとんどはニホンカワウソの物である。福島県の北野天満宮には「河伯(かはく)の手」と呼ばれる河童の手のミイラがあり、901年に菅原道真が筑後川で暗殺されそうになった際、河童の大将が彼を救おうとして手を切り落とされた、もしくは道真の馬を川へ引きずり込もうとした河童の手を道真が切り落としたものとされる宮本幸枝・熊谷あづさ 『日本の妖怪の謎と不思議』 学習研究社、2007年、33頁。ISBN 4-056-04760-X。北野天満宮の歴史北野町商工会 コスモスの町きたの内)


    [ 未確認動物としての河童 ]

    河童は未確認動物であるという考え方もある。この視点で見る河童には人間や猿と酷似する種類(哺乳類)と巨大な蛙のような種類(両生類或いは爬虫類)等が存在するらしく、どの種類も背丈は30センチメートルから150センチメートル程度であり、成人した人間を超える事はない。河童の伝承の数だけ全く異なる未知の水棲生物が存在していた可能性も捨てきれない(またそれらが既に絶滅寸前のニホンカワウソと同じ環境に生息している事実は河童もまた絶滅種もしくは絶滅寸前なのかもしれない)。また爬虫類形態は昭和頃の目撃例では皿や甲羅がない個体が多く、宇宙人の典型的外形となったグレイ (宇宙人)|グレイと酷似する為、目撃者がグレイと誤認したのではないかと見られる事例が「新耳袋」に掲載されている。河童はアメリカのドーバーデーモンや蛙\xA1 CK!"%A%e%Q%+%V%i!"$^$?%"%/%"@b$N=m86?M$H$bFCD'$,N`;w$7$F$$$k!#>0!"?M4V$N?,>.6L$rH4$$$?$j!"5mGO$r68$o$;$?$j$9$k$H$$$o$l$k$h$&$J9TF0$K$D$$$F$OUMAでいう河童では分かっていない。茨城県牛久市では河童の目撃情報があり、警察が駆けつけると水銀を含んだ河童の足跡と見られるものが残っていた。江戸時代の書記等にも目撃談が記されている。



    河童に纏わる言葉

    『画図百鬼夜行』
    ・ 「河童の川流れ」
    : 河童は泳ぎが得意である事から、物事に長けている人でも失敗する事があるという意。
    ・ 「屁の河童
    : 河童はいつも水の中にいる為、屁をしてもあまり勢いがない事から、「取るに足りない事」を「河童の屁」、後に語順が変わった。「木っ端の火」から来たという説もある。
    ・ 「陸(おか)へ上がった河童
    : 河童は水中では能力を十分発揮できるが、陸に上がると力がなくなるとされるところから、力のある者が環境が一変するとまったく無力になってしまうことのたとえ。



    河童を題材とした作品




    [小説]


  • 芥川龍之介『河童 (小説)|河童

  • 火野葦平『石と釘』


    [漫画]


  • 水木しげる『河童の三平』

  • 石川優吾『カッパの飼い方』

  • 清水崑『かっぱ天国』

  • 花輪和一『天水』

  • 鈴菌カリオ 『Sillyなコダマ!!』


    [TV番組]


  • 河童の三平 妖怪大作戦(東映)

  • 『かっぱまき』

  • まんが日本昔ばなし『河童のくれた妙薬』『河童の雨乞い』『かっぱ地蔵』


    [映画]


  • 河童 KAPPA』(石井竜也監督)

  • 『大巨獣ガッパ』(日活)

  • 河童のクゥと夏休み』(原恵一監督)

  • 河童 (小説)|河童』(秋原正俊)


    [CM]


  • 黄桜:清水崑(初代)、小島功(二代目)原画によるアニメーション

  • キンチョウリキッド(大日本除虫菊):山瀬まみが河童の着ぐるみで出演

  • ソフレ(ツムラ):篠原涼子が河童のパペットと掛け合い。

  • ディーシーカード|DCカード:中井貴一が河童、タヌキの着ぐるみと掛け合い。


    [キャラクター]


  • カータン:フジテレビジョン|フジテレビ系列で放送された幼児番組「ママとあそぼう!ピンポンパン」にでていた着ぐるみ。大竹宏が演じた。

  • カッパ、かぱちゃん:アランジアロンゾのキャラクター。

  • となりのカッパさんち。:サンリオのキャラクター。

  • いまだにものごいかっぱ:有限会社ハンディが製作したキャラクター。

  • かっぱ君:漫画「伝染るんです。」に登場するかわうその友達。

  • かっぱ河太郎:合羽橋道具街にある像。

  • カッパ姫、カッパ王子、カッパ侯爵、カッパたん:ゲーム「ごきんじょ冒険隊」に登場するキャラクター(カッパ侯爵、カッパたんはモンスターとして登場)。

  • かっぺい、ぱっぴい:阪急かっぱ横丁のマスコット。

  • カッペイ(うんてんしゅ):ゲーム「どうぶつの森」のキャラクター。船乗りで「おいでよ どうぶつの森」では運転手として出てくる。

  • カワワッパ:ゲーム「アヴァロンの鍵」に登場するモンスター。

  • かりんちゃん:岩手県遠野市のイメージキャラクター。

  • かっぱ寿司の社名及びキャラクター

  • 村長:漫画「荒川アンダー ザ ブリッジ」で荒川の河川敷の住人に慕われている河童。おそらく着ぐるみ。主人公にそれを指摘される事が何回かあるが、一向に認めようとしない。

  • かぁたん:漫画「カッパの飼い方」で主人公の「私」が飼っている仔河童

  • 沼野三太:日本放送協会|NHK教育テレビで放送中の人形劇の『バケルノ小学校ヒュードロ組』のキャラクター。堀絢子が演じている。

  • 銀魂の登場人物一覧#天人|海老名:『銀魂』に登場した河童のような姿をした天人(宇宙人)。

  • 沙原くぐる・ちょちょ丸姉妹:ぺとぺとさんに登場する。姉妹だが仲が悪い。

  • 竹田くん・メレちゃん・カウカウくん:フラカッパーのキャラクター。

  • ひまわりっ!のゆすらの彼氏の米澤くん。

  • ペタンコ カパちゃん:マインドウェイブのキャラクター。

  • ぱちゃぽ:日本水泳連盟のマスコットキャラクター。

  • おカッパちゃん:定山渓温泉のマスコットキャラクター。

  • 遠野さん:ながされて藍蘭島のキャラクター

  • 河城 にとり:東方Projectのキャラクター

  • ノホホ、青木さん:pop'n musicのキャラクター


    [音楽]


  • 河童ばやし:うしくかっぱ祭りテーマ曲。作詞:中島清治、作曲:福田正、歌:鎌田英一。

  • かっぱまきマキ:作詞・作曲:TAMAYO、歌:濱田マリ|河童巻。

  • かっぱが川辺でわっしょいしょい:作詩・作曲・歌:蜂谷清香

  • 芥川龍之介の河童:東方風神録BGM。作曲:ZUN(上海アリス幻樂団)

  • 河童をどり:作詞・作曲:瞬火、歌:陰陽座。陰陽座の5thアルバム「夢幻泡影」に収録。

  • 河童ブギウギ:作詞:藤浦洸 作曲・編曲:浅井挙曄 美空ひばりのデビュー曲。


    [商品]


  • かっぱえびせん



    河童に由来する地名


  • 合羽橋(東京)

  • カッパ淵(遠野市)



    脚注




    関連項目


  • 日本の妖怪一覧

  • 未確認動物

  • 自然霊

  • 水妖

  • 肥薩線#ディーゼル快速「九千坊号」|肥薩線 ディーゼル快速「九千坊号」

  • メドチ

  • 禰々子

  • 遠野物語



    外部リンク


  • UshiQネット 小川芋銭記念館:小川芋銭が描いた河童の絵が多数紹介されている。

  • 各地の河童の話:「小説家隆慶一郎(脚本家池田一朗)公式サイト」より

    Quotation:Wikipedia - Article - History  License:GFDL
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    2008年06月08日

    妖怪[百々目鬼]

    妖怪事典百々目鬼


    『今昔画図続百鬼』より「百々目鬼
    百々目鬼(とどめき、どどめき。百目鬼(どうめき)とも)は、鳥山石燕の『今昔画図続百鬼』(巻之下 明)に記された妖怪。盗癖のある女性の腕に、盗んだ鳥目(金銭)の精が鳥の目となって無数に現れたのでこれを百々目鬼と呼んだ、とある。また、「鳥目」は、別に「御足」と呼ばれることもあり、「足が付く」という洒落から出来た妖怪と言う説もある。また、栃木県宇都宮市には藤原藤太秀郷が百目鬼と呼ばれる鬼を退治したとする伝承がある。秀郷に致命傷を与えられた鬼は本願寺の智徳上人の引導によって成仏し、その最後の地を百目鬼と呼ぶようになったという。この伝説にちなんだ百目鬼面と呼ぶ瓢箪を加工した郷土玩具があり魔除の面として親しまれている。



    百目鬼伝説

    平安時代中期、常陸国(現在の茨城県)、下総国(現在の千葉県)に領地を持つ平将門という地方領主がいた。将門は地方政治が乱れているのを嘆き、これを正して自ら新皇(天皇)を名乗るが、朝廷からは地方役所(国府)に逆らった者とみなされ全国に追討命令が出された(平将門#生涯|平将門の乱)。当時下野国の押領使であった藤原秀郷|藤原秀郷(田原藤太)はこの命令を受けて将門軍と幾度にも亘って剣を交えるが苦戦を強いられる。秀郷は下野国に戻った折、宇都宮二荒山神社|宇都宮大明神に戦勝祈願を行い一振りの聖剣を授かり、これを持って引き返し将門軍と再び戦闘を繰り広げ、ようやくこれを討ち取ることが出来た。この功績をもって、秀郷は朝廷から恩賞として国司|下野国司に任ぜられ、さらに武蔵国司・鎮守府将軍を兼務することとなった。秀郷は下野国・宇都宮市|宇都宮の地に館を築き、ある日その近くで狩りを行った。狩りの帰り道、栃木県道63号藤原宇都宮線|田原街道・大曽の里を通りかかると老人が現れ、「この北西の兎田という馬捨場に百の目を持つ鬼が現れる」ことを告げられた。秀郷が兎田に行ぁ C$FBT$C$F$$$k$H!"1/;0$D;~$N:"!"2d$+$K1@$,4,$-5/$3$j!"N>f==<\$N54$,8=$l!";`$s$@GO$K$`$7$c$V$j$D$$$?村上健司編著 『妖怪事典』 毎日新聞社、2000年、238-239頁。ISBN 4-620-31428-5。。秀郷は弓を引いて最も光る目を狙って矢を放った。矢は鬼の急所を貫き、鬼はもんどりうって苦しみながら宇都宮二荒山神社|明神山の麓まで逃げたが、ここで倒れて動けなくなった。鬼は体から炎を噴き、裂けた口から毒気を吐いて苦しんだため、秀郷にも手が付けられない状態となった。仕方なく秀郷はその日は一旦館に引き上げることとした。翌朝、秀郷は鬼が倒れていた場所に行ったが、黒こげた地面が残るばかりで鬼の姿は消えていた。それから400年の時が経って、室町幕府を立ち上げた足利氏が将軍となった時代、明神山の北側にある塙田村・本願寺の住職が怪我をするとか寺が燃えるといった事件が続いた。その中、智徳上人という徳深い僧が住職となると、その説教に必ず姿を見せる歳若い娘がいた。実はこの娘こそ400年前にぁ 3$NJU$j$GIN;`$N=E>I$rIi$C$?54$N2>$N;Q$G!"D92,$NI47j$K?H$r@x$a=! }IU$$$?B N$,L~$($k$N$rBT$A!"L<$N;Q$K?H$rJQ$($F$O$3$NIU6a$rK,$l$F!"e?M$O$=$l$r8+GK$j!"54$O=*$K@5BN$r8=$7$?!#54$OCRFA>e?M$NEY=E$J$k@b65$K?4$r2~$a!"FsEY$H0-$5$r$7$J$$$H>e?M$K@@$C$?$N$G$"$C$?!#$3$l0J9_!"$3$N<~JU$rI4L\54$H8F$V$h$&$K$J$C$?$H$$$&!#:#$b1'ET5\$NL@?@;3$N@>B&$K$O!VI4L\54DL$j!W$H$$$&L>>N$G;D$k!#JL@b$G$O=(6?$,54$rF$$C$?D>8e!"2P$r?a$-$D$D6l$7$`54$K=(6?$,6a$E$1$J$$$G$$$k$H$3$m$XCRFA>e?M$,$d$C$FMh$F!"?t'$($k$H!"2P$,$d$`$H6&$K54$NI4L\$,>C$($F?M4V$N;Q$H$J$C$?$N$G!"=(6?$O$=$N;`BN$r$=$NCO$KAr$C$?$H$b$$$&。栃木の民芸品の一つであるふくべ細工の鬼面は、この伝説にちなんで魔除けとして作られたものといわれる



    脚注!




    関連項目


  • 日本の妖怪一覧

    Quotation:Wikipedia - Article - History  License:GFDL
  • posted by 龍 at 04:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 妖怪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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