妖怪事典<いわえつぅんない>
いわえつぅんないとは、北海道アイヌ|アイヌ民族に伝承される妖怪で、岩や木など、あらゆるものを突き抜けて襲ってくる一つ目の妖怪。
2005年12月20日
2005年12月19日
妖怪[あかまたー]
妖怪事典<あかまたー>
現在(2005年8月)の所、あかまたーとは、次の2つを指しているものと思われる。#あかまたーとは、蛇の一種であるアカマタが、若く麗しい漁師(または美女)に化け、女性(青年)を言葉巧みに騙して殺害するという、沖縄県|沖縄の妖怪である。
・アカマター・クロマターとは、石垣市|石垣島宮良(みやら)の豊年祭に登場する2体の神様である。注記:アカマタとは、沖縄の言葉でまだら蛇を指す。上記の妖怪、或いは神と、何らかの関連があると思われる。ここでは2のアカマター・クロマターについて説明する。
アカマター・クロマターについて
[特徴]
アカマターとクロマターの2体の神は全体が草に覆われ、ずんぐりとしていて、だるまやフクロウの様にも見える。背丈は180cmほど、アカマター(赤面)とクロマター(黒面)は巨大な木製のお面をつけている。お面は縦長の鼻に丸い目と細かいギザギザの歯で構成され目と歯の両端に細長いヒゲもある。目と歯に光が当たると反射して神秘的に輝くのが印象的である。
[祭りの内容]
夕方に何処からか現れ、村の一軒一軒を一夜かけて回り、朝方に何処かへ消えてしまう。まず、数十人の太鼓隊が家々の門を潜ると、縁側から向かって左右に分かれて庭の周辺に登場し、太鼓を叩きながら歌いアカマターとクロマターを呼ぶ。その後、アカマターとクロマターは門を潜り左右に分れ庭の中央に登場する。アカマターとクロマターは棒を両手に持ち、威勢のいい太鼓隊の歌にあわせ、棒を叩いてユーモラスに踊る。アカマターとクロマターは「なみだ」と呼ばれる殺気(精霊が宿っている)だった者達に厳重に警護されながら移動する。
[祭りの背景]
この祭は7月頃に行なわれるが、通常は島民にも知らされず非公開となっており、謎と緊張感に満ちている。写真撮影、スケッチ、模造などは禁止されている。
もしもそのような行為を村人に見つかった場合、生命の保障はされないとも云われている。この村(宮良)の先祖は八重山諸島の小浜島からの移民であり、アカマターもまた小浜島から引き継がれたもの。
関連項目
日本の妖怪の一覧
アカマタ
現在(2005年8月)の所、あかまたーとは、次の2つを指しているものと思われる。#あかまたーとは、蛇の一種であるアカマタが、若く麗しい漁師(または美女)に化け、女性(青年)を言葉巧みに騙して殺害するという、沖縄県|沖縄の妖怪である。
・アカマター・クロマターとは、石垣市|石垣島宮良(みやら)の豊年祭に登場する2体の神様である。注記:アカマタとは、沖縄の言葉でまだら蛇を指す。上記の妖怪、或いは神と、何らかの関連があると思われる。ここでは2のアカマター・クロマターについて説明する。
アカマター・クロマターについて
[特徴]
アカマターとクロマターの2体の神は全体が草に覆われ、ずんぐりとしていて、だるまやフクロウの様にも見える。背丈は180cmほど、アカマター(赤面)とクロマター(黒面)は巨大な木製のお面をつけている。お面は縦長の鼻に丸い目と細かいギザギザの歯で構成され目と歯の両端に細長いヒゲもある。目と歯に光が当たると反射して神秘的に輝くのが印象的である。
[祭りの内容]
夕方に何処からか現れ、村の一軒一軒を一夜かけて回り、朝方に何処かへ消えてしまう。まず、数十人の太鼓隊が家々の門を潜ると、縁側から向かって左右に分かれて庭の周辺に登場し、太鼓を叩きながら歌いアカマターとクロマターを呼ぶ。その後、アカマターとクロマターは門を潜り左右に分れ庭の中央に登場する。アカマターとクロマターは棒を両手に持ち、威勢のいい太鼓隊の歌にあわせ、棒を叩いてユーモラスに踊る。アカマターとクロマターは「なみだ」と呼ばれる殺気(精霊が宿っている)だった者達に厳重に警護されながら移動する。
[祭りの背景]
この祭は7月頃に行なわれるが、通常は島民にも知らされず非公開となっており、謎と緊張感に満ちている。写真撮影、スケッチ、模造などは禁止されている。
もしもそのような行為を村人に見つかった場合、生命の保障はされないとも云われている。この村(宮良)の先祖は八重山諸島の小浜島からの移民であり、アカマターもまた小浜島から引き継がれたもの。
関連項目
2005年12月18日
妖怪[犬神]
妖怪事典<犬神>
犬神(いぬがみ)は、狐憑き、狐持ちなどとともに、西日本に最も広く分布する犬霊の憑き物(つきもの)。近年まで、大分県東部、島根県、四国の北東部から高知県一帯においてなお根強く見られ、狐の生息していない四国を犬神の本場であると考える説もある。また、犬神信仰の形跡は、島根県西部から山口、九州全域、さらに薩南諸島より遠く沖縄県にかけてまで存在している。 なまって「インガメ」、「イリガミ」とも呼ばれる。
犬神の由来
犬神の憑依現象は、平安時代にはすでにその呪術に対する禁止令が発行された蠱術(こじゅつ:蠱道、蠱毒とも。特定の動物の霊を使役する呪詛(じゅそ)で、非常に恐れられた)が民間に流布したものと考えられ、 飢餓状態の犬の首を打ちおとし、さらにそれを辻道に埋めることによって、その霊を呪物として使う方法が知られる。しかし、犬神の容姿は、若干大きめのネズミほどの大きさで斑があり、尻尾の先端が分かれ、モグラの一種であるため目が見えず、一列になって行動すると伝えられている。これは、犬というより管狐やオサキを思わせ、純粋に蠱道の呪法(『捜神記』の犬蠱のような)を踏襲した伝承というわけではないと考えられる。むしろ狐霊信仰を中心とする呪詛の亜流が伝承の中核を成していると考えられる。
犬神持ち
犬神は、犬神持ちの家の納戸の箪笥、床の下、水甕(みずがめ)の中に飼われていると説明され、他の憑き物と同じく、喜怒哀楽の激しい、情緒不安定な人間に憑きやすい。これに憑かれると、胸の傷み、足や手の傷みを訴え、急に肩をゆすったり、犬のように吠えたりすると言われる。犬神の憑きやすい家筋、犬神筋の由来は、これらの蠱術を扱った術者、山伏、祈祷者、巫蠱らの血筋が地域に伝承されたもので、多くの場合、漂泊の民であった民間呪術を行う者が、畏敬と信頼を得ると同時に被差別民として扱われていたことを示している。というのも、犬神は、その子孫にも世代を追って離れることがなく、一般の村人は、犬神筋といわれる家系との通婚を忌み、交際も嫌うのが普通である。四国地方では、婚姻の際に家筋が調べ? $i$l!"犬神の有無を確かめるのが習しとされた(現在でもある程度行われているようである)。その対処の仕方は、部落差別の構造と同様であると言ってよい。犬神持ちの家は富み栄えるとされているが、一方で、狐霊のように祭られることによる恩恵を家に持ち込むことをせず、祟神として忌諱される場合もある。
関連項目
妖怪
犬神(いぬがみ)は、狐憑き、狐持ちなどとともに、西日本に最も広く分布する犬霊の憑き物(つきもの)。近年まで、大分県東部、島根県、四国の北東部から高知県一帯においてなお根強く見られ、狐の生息していない四国を犬神の本場であると考える説もある。また、犬神信仰の形跡は、島根県西部から山口、九州全域、さらに薩南諸島より遠く沖縄県にかけてまで存在している。 なまって「インガメ」、「イリガミ」とも呼ばれる。
犬神の由来
犬神の憑依現象は、平安時代にはすでにその呪術に対する禁止令が発行された蠱術(こじゅつ:蠱道、蠱毒とも。特定の動物の霊を使役する呪詛(じゅそ)で、非常に恐れられた)が民間に流布したものと考えられ、 飢餓状態の犬の首を打ちおとし、さらにそれを辻道に埋めることによって、その霊を呪物として使う方法が知られる。しかし、犬神の容姿は、若干大きめのネズミほどの大きさで斑があり、尻尾の先端が分かれ、モグラの一種であるため目が見えず、一列になって行動すると伝えられている。これは、犬というより管狐やオサキを思わせ、純粋に蠱道の呪法(『捜神記』の犬蠱のような)を踏襲した伝承というわけではないと考えられる。むしろ狐霊信仰を中心とする呪詛の亜流が伝承の中核を成していると考えられる。
犬神持ち
犬神は、犬神持ちの家の納戸の箪笥、床の下、水甕(みずがめ)の中に飼われていると説明され、他の憑き物と同じく、喜怒哀楽の激しい、情緒不安定な人間に憑きやすい。これに憑かれると、胸の傷み、足や手の傷みを訴え、急に肩をゆすったり、犬のように吠えたりすると言われる。犬神の憑きやすい家筋、犬神筋の由来は、これらの蠱術を扱った術者、山伏、祈祷者、巫蠱らの血筋が地域に伝承されたもので、多くの場合、漂泊の民であった民間呪術を行う者が、畏敬と信頼を得ると同時に被差別民として扱われていたことを示している。というのも、犬神は、その子孫にも世代を追って離れることがなく、一般の村人は、犬神筋といわれる家系との通婚を忌み、交際も嫌うのが普通である。四国地方では、婚姻の際に家筋が調べ? $i$l!"犬神の有無を確かめるのが習しとされた(現在でもある程度行われているようである)。その対処の仕方は、部落差別の構造と同様であると言ってよい。犬神持ちの家は富み栄えるとされているが、一方で、狐霊のように祭られることによる恩恵を家に持ち込むことをせず、祟神として忌諱される場合もある。
関連項目
2005年12月17日
2005年12月16日
妖怪[管狐]
妖怪事典<管狐>
管狐(くだぎつね)とは、伝承上・伝説の生物一覧|伝説の生物で、竹管のような細い筒の中に住む、小さく細長い日本の妖怪・妖精・精霊の一種。容姿は、名前の通り狐のような形をしている。別名、飯綱(いづな)とも言い、東北地方の霊能者や信州の飯綱使い(いづなつかい)などが持っていて、通力を具え、占術などに使用される。狐憑きの一種として語られることもあり、地方によって管狐を有するとされる家は「くだもち」と呼ばれて忌み嫌われた。管狐に竹管から出してほしいとせがまれて竹管から出すと、持ち主の近隣に農作物を不作にする、病人を出す、機の調子を悪くするなどの悪事を働くとされるが、これは西洋で魔女がなすとされる害悪と類似する。また、天狗に使役される使い魔ので、これを飼い慣らす事ができれば、大金持ちになることができるとされている。なお、「管狐」の語はイタチ科の動物オコジョの別名としてぁ bMQ$$$i$l$k!#
関連項目
イタコ
陰陽道
祈祷・祈祷師
日本の妖怪の一覧
イイズナ(イタチの一種)
管狐(くだぎつね)とは、伝承上・伝説の生物一覧|伝説の生物で、竹管のような細い筒の中に住む、小さく細長い日本の妖怪・妖精・精霊の一種。容姿は、名前の通り狐のような形をしている。別名、飯綱(いづな)とも言い、東北地方の霊能者や信州の飯綱使い(いづなつかい)などが持っていて、通力を具え、占術などに使用される。狐憑きの一種として語られることもあり、地方によって管狐を有するとされる家は「くだもち」と呼ばれて忌み嫌われた。管狐に竹管から出してほしいとせがまれて竹管から出すと、持ち主の近隣に農作物を不作にする、病人を出す、機の調子を悪くするなどの悪事を働くとされるが、これは西洋で魔女がなすとされる害悪と類似する。また、天狗に使役される使い魔ので、これを飼い慣らす事ができれば、大金持ちになることができるとされている。なお、「管狐」の語はイタチ科の動物オコジョの別名としてぁ bMQ$$$i$l$k!#
関連項目
2005年12月15日
2005年12月12日
2005年12月11日
2005年12月09日
妖怪[足まがり]
妖怪事典<足まがり>
足まがり(あしまがり)とは、四国地方に伝承される妖怪で、狐狸のたぐいという説が強いが、その姿は決して見ることはできない。
名称の起源
「まがり」とは方言で「まとわりつく」の意。足にまとわりつき、通行人を転ばせることから足まがりと呼ばれるようになった。
地域
四国地方-香川県-高松
特徴
夜道を歩いていると、いきなり綿のような尻尾のようなものを絡み付けてくる。
「振り払おうと足を振ると、松の木の根や大きな石などに変わってしまい、怪我をした」というような話も残っている。
その他
オンラインゲーム|オンラインRPG信長の野望Online(コーエー)において敵NPCとして登場。同ゲーム内には四国地方は無い為、信濃地方のフィールドを徘徊している。(現在は名称変更されている)
関連する項目
日本の妖怪の一覧
外部リンク
国際日本文化研究センター怪異・妖怪伝承データベース
足まがり(あしまがり)とは、四国地方に伝承される妖怪で、狐狸のたぐいという説が強いが、その姿は決して見ることはできない。
名称の起源
「まがり」とは方言で「まとわりつく」の意。足にまとわりつき、通行人を転ばせることから足まがりと呼ばれるようになった。
地域
四国地方-香川県-高松
特徴
夜道を歩いていると、いきなり綿のような尻尾のようなものを絡み付けてくる。
「振り払おうと足を振ると、松の木の根や大きな石などに変わってしまい、怪我をした」というような話も残っている。
その他
オンラインゲーム|オンラインRPG信長の野望Online(コーエー)において敵NPCとして登場。同ゲーム内には四国地方は無い為、信濃地方のフィールドを徘徊している。(現在は名称変更されている)
関連する項目
日本の妖怪の一覧
外部リンク
国際日本文化研究センター怪異・妖怪伝承データベース
2005年12月05日
2005年12月04日
2005年12月03日
妖怪[小野篁]
妖怪事典<小野篁>
小野篁(おののたかむら、延暦21年(802年) - 仁寿2年12月22日 (旧暦)|12月22日(853年2月3日))は、平安時代前期の学者、歌人。遣隋使を務めた小野妹子の子孫で、父は小野岑守。孫に三筆の一人小野道風がいる。
承和元年(834年)、遣唐使|遣唐副使に任ぜられるが、承和五年(838年)に正使藤原常嗣とのいさかいから、病気と称して職務を拒否したため、嵯峨上皇の怒りをかい隠岐に流された。2年後に許されて帰京。従三位参議に至った。篁には奇怪な伝説が多いが、その中でもっとも有名なものは、夜ごと井戸を通って地獄に降り、閻魔|閻魔大王のもとで裁判の補佐をしていたというものである。京都市北区にある篁のものと伝えられる墓の隣には、紫式部のものと言われる墓があるが、これは愛欲を描いた咎で地獄に落とされた式部を、篁が閻魔大王にとりなしたという伝説に基づくものである。他に、宇治拾遺物語などには、嵯峨天皇の出した「『子』を十二個書いたものを読め」というなぞなぞを、見事に「猫の子の子猫、獅子の子の子獅子」と読み解いてみせた、という逸話も見える。
また篁を主人公とした物語として、異母妹との悲恋を描いた『篁物語』がある。
子孫
小野道風や小野小町が著名だが、武蔵七党の猪俣党などの武士は小野篁の子孫を称して、小野にちなんで、「野太郎」、「小野太」などと称している。また、それからの転化で「弥太郎」や「小弥太」と称した者もいる。
代表歌
わたの原八十島かけて漕ぎいでぬと人にはつげよあまのつり舟
関連項目
日本の中古文学史}}
小野篁(おののたかむら、延暦21年(802年) - 仁寿2年12月22日 (旧暦)|12月22日(853年2月3日))は、平安時代前期の学者、歌人。遣隋使を務めた小野妹子の子孫で、父は小野岑守。孫に三筆の一人小野道風がいる。
承和元年(834年)、遣唐使|遣唐副使に任ぜられるが、承和五年(838年)に正使藤原常嗣とのいさかいから、病気と称して職務を拒否したため、嵯峨上皇の怒りをかい隠岐に流された。2年後に許されて帰京。従三位参議に至った。篁には奇怪な伝説が多いが、その中でもっとも有名なものは、夜ごと井戸を通って地獄に降り、閻魔|閻魔大王のもとで裁判の補佐をしていたというものである。京都市北区にある篁のものと伝えられる墓の隣には、紫式部のものと言われる墓があるが、これは愛欲を描いた咎で地獄に落とされた式部を、篁が閻魔大王にとりなしたという伝説に基づくものである。他に、宇治拾遺物語などには、嵯峨天皇の出した「『子』を十二個書いたものを読め」というなぞなぞを、見事に「猫の子の子猫、獅子の子の子獅子」と読み解いてみせた、という逸話も見える。
また篁を主人公とした物語として、異母妹との悲恋を描いた『篁物語』がある。
子孫
小野道風や小野小町が著名だが、武蔵七党の猪俣党などの武士は小野篁の子孫を称して、小野にちなんで、「野太郎」、「小野太」などと称している。また、それからの転化で「弥太郎」や「小弥太」と称した者もいる。
代表歌
関連項目
2005年12月02日
妖怪[窮奇]
妖怪事典<窮奇>
窮奇(かまいたち、きゅうき)は、妖怪の一種。つむじ風にのって現れ鎌のような両手の爪で、人に切りつける。鋭い傷を受けるが、痛みはない。
日本の窮奇(かまいたち)
窮奇(かまいたち、鎌鼬とも書く)は、甲信越地方に多く伝えられる魔風の怪。「構え太刀」のなまりであると考えられるが、鳥山石燕の『画図百鬼夜行』「陰」の「窮奇」に見られるように、転じてイタチの妖怪として描かれ、今日に定着している。『和漢三才図絵』には、イタチも魔物の一種として扱われており、群れると不吉で、夜中に火柱を起こし、それが消える所には火災が起きるとされている。また、イタチは後脚で立ち、人の顔を見つめることがあるが、このとき、キツネと同じく眉毛を読んで人を騙すと言われることから、イタチの妖力と「構え太刀」の語感が混同されて出来上がった語訳であろうと考えられている。ただし、次項で触れるような、旋風による負圧が人の肌を裂く現象が実際にあるとすれば、この風怪のイメージそのものは、何よりもそれを説明するために生まれたと考えるのが妥当だろう。
[窮奇の伝承]
人を切る魔風は、中部地方|中部・近畿地方やその他の地方にも伝えられ、寒風の吹くおりなどに、転んで足に切り傷のような傷を受けるものをこの怪とする。信越地方では、カマイタチは悪神の仕業であるといい、暦を踏むとこの災いに会うという俗信がある。飛騨国|飛騨の丹生川流域では、この悪神は3人連れで、最初の神が人を倒し、次の神が刃物で切り、三番目の神が薬をつけていくため出血がなく、また痛まないのを特色とするのだと伝えられる。奈良県吉野郡地方でも、人の目に見えないカマイタチに噛まれると、転倒し、血も出ないのに肉が大きく口を開くという。
近代には、旋毛風の中心にできる負圧が、肉を裂く現象と説明され、この知識は一般に広く浸透し、日本の漫画にはしばしば旋風によって物体をカッターのように切り裂く表現が見受けられる。しかし、実際には皮膚はかなり丈夫な組織であり、引き裂けるほどの圧力は旋毛風によっては生じず、またカマイタチの発生する状況で人間の皮膚以外に「物」が切られているような事象も報告されていないなどの理由から、現在では機械的な要因によるものではなく、皮膚表面が気化熱によって急激に冷やされるために組織が変性して裂けてしまうといったような、生理学的現象であると考えられている。武蔵国|武蔵地方で「カマカゼ」、静岡県で「アクゼンカゼ」、また、性質を異にするが、「堤馬風(ダイバカゼ)」と呼ばれる、人間を殺傷する魔風の存在する地方もある。山口県豊浦郡でいう「ヤマミサキ」は、深山に出る怪で、人の生首の形をして落ち葉の上を車のように飛んだりする魔風である。人がその風に会うと大熱を起こすと言われ、萩市相島では、死後に行き場のない、風になってさまよっている亡霊という。また崖で死んだ人や難破者は、死後8日目までヤマミサキ? $K$J$k$H$$$&!#1bH~BgEg$G$O!"K_6a$/$KJhF;$J$I$G!"@829$+$$Iw$,N+$a$F0-4($,$7!"2H$K5"$C$FCeJ*$rC&$$$G$_$k$H!"?HBN$N$I$3$+$KHCLf$,$G$-$F$$$k$3$H$,$"$k$H$$$&!#4V$b$J$/9bG.$,=P$k$,!"%f%?$Kc1$$$r$7$F$b$i$o$J$1$l$P$J$i$J$$$H$5$l$k!#
中国の窮奇(きゅうき)
窮奇(きゅうき、Qi?ng-j?)は、中国の神話に登場する怪物の一つ。四凶の一つとされる。前足の付け根に翼を持ったトラの姿をしており、空を飛ぶ。ひねくれた性格をしており、人が喧嘩していると正しいことを言っている方を食べ、実直な者がいるとその鼻を食べ、悪人がいると獣を捕まえてその者に贈るという。山海経の「海内北経」では人食いの翼をもったトラと説明しているが、「西山経」四の巻では、ハリネズミの毛が生えた牛と説明している。
関連項目
妖怪
かまいたちの夜
窮奇(かまいたち、きゅうき)は、妖怪の一種。つむじ風にのって現れ鎌のような両手の爪で、人に切りつける。鋭い傷を受けるが、痛みはない。
日本の窮奇(かまいたち)
窮奇(かまいたち、鎌鼬とも書く)は、甲信越地方に多く伝えられる魔風の怪。「構え太刀」のなまりであると考えられるが、鳥山石燕の『画図百鬼夜行』「陰」の「窮奇」に見られるように、転じてイタチの妖怪として描かれ、今日に定着している。『和漢三才図絵』には、イタチも魔物の一種として扱われており、群れると不吉で、夜中に火柱を起こし、それが消える所には火災が起きるとされている。また、イタチは後脚で立ち、人の顔を見つめることがあるが、このとき、キツネと同じく眉毛を読んで人を騙すと言われることから、イタチの妖力と「構え太刀」の語感が混同されて出来上がった語訳であろうと考えられている。ただし、次項で触れるような、旋風による負圧が人の肌を裂く現象が実際にあるとすれば、この風怪のイメージそのものは、何よりもそれを説明するために生まれたと考えるのが妥当だろう。
[窮奇の伝承]
人を切る魔風は、中部地方|中部・近畿地方やその他の地方にも伝えられ、寒風の吹くおりなどに、転んで足に切り傷のような傷を受けるものをこの怪とする。信越地方では、カマイタチは悪神の仕業であるといい、暦を踏むとこの災いに会うという俗信がある。飛騨国|飛騨の丹生川流域では、この悪神は3人連れで、最初の神が人を倒し、次の神が刃物で切り、三番目の神が薬をつけていくため出血がなく、また痛まないのを特色とするのだと伝えられる。奈良県吉野郡地方でも、人の目に見えないカマイタチに噛まれると、転倒し、血も出ないのに肉が大きく口を開くという。
近代には、旋毛風の中心にできる負圧が、肉を裂く現象と説明され、この知識は一般に広く浸透し、日本の漫画にはしばしば旋風によって物体をカッターのように切り裂く表現が見受けられる。しかし、実際には皮膚はかなり丈夫な組織であり、引き裂けるほどの圧力は旋毛風によっては生じず、またカマイタチの発生する状況で人間の皮膚以外に「物」が切られているような事象も報告されていないなどの理由から、現在では機械的な要因によるものではなく、皮膚表面が気化熱によって急激に冷やされるために組織が変性して裂けてしまうといったような、生理学的現象であると考えられている。武蔵国|武蔵地方で「カマカゼ」、静岡県で「アクゼンカゼ」、また、性質を異にするが、「堤馬風(ダイバカゼ)」と呼ばれる、人間を殺傷する魔風の存在する地方もある。山口県豊浦郡でいう「ヤマミサキ」は、深山に出る怪で、人の生首の形をして落ち葉の上を車のように飛んだりする魔風である。人がその風に会うと大熱を起こすと言われ、萩市相島では、死後に行き場のない、風になってさまよっている亡霊という。また崖で死んだ人や難破者は、死後8日目までヤマミサキ? $K$J$k$H$$$&!#1bH~BgEg$G$O!"K_6a$/$KJhF;$J$I$G!"@829$+$$Iw$,N+$a$F0-4($,$7!"2H$K5"$C$FCeJ*$rC&$$$G$_$k$H!"?HBN$N$I$3$+$KHCLf$,$G$-$F$$$k$3$H$,$"$k$H$$$&!#4V$b$J$/9bG.$,=P$k$,!"%f%?$Kc1$$$r$7$F$b$i$o$J$1$l$P$J$i$J$$$H$5$l$k!#
中国の窮奇(きゅうき)
窮奇(きゅうき、Qi?ng-j?)は、中国の神話に登場する怪物の一つ。四凶の一つとされる。前足の付け根に翼を持ったトラの姿をしており、空を飛ぶ。ひねくれた性格をしており、人が喧嘩していると正しいことを言っている方を食べ、実直な者がいるとその鼻を食べ、悪人がいると獣を捕まえてその者に贈るという。山海経の「海内北経」では人食いの翼をもったトラと説明しているが、「西山経」四の巻では、ハリネズミの毛が生えた牛と説明している。
関連項目
2005年12月01日
妖怪[岩魚坊主]
妖怪事典<岩魚坊主>
岩魚坊主(いわなぼうず)とは、日本各地の伝承に登場する大きなイワナ|岩魚が化けた妖怪である。
概要
釣り人が川で釣りをしている最中に、一人の坊主が現れて長話に興じる。この近くは寺の土地なので釣りはあまりしないようにと釣り人に注意をするが、釣り人は持っていたご飯を振るまったので、気をよくして坊主は帰って行った。その後、とても大きな岩魚がかかり、持って帰って捌いてみると、腹から坊主に振る舞ったご飯がでてきた。というような話である。もちろん、地域によって多少話の流れが異なるものの共通点としては、人間が坊主に食べさせたものが魚の腹から出てくるということである。
いろいろなバリエーション
釣り人は一人とは限らず、大勢で釣りを行う場合もある。毒を流したり網をはって大量に魚を捕ろうとするところへ現れた坊主が殺生を戒めるが、坊主が立ち去った後にその漁法で大きな岩魚がかかるというケースや、釣り人の釣り場を聞いて帰っていったが釣り人が釣り場を変えた途端に大きな岩魚がかかるケースなど、釣られないように必死で化けた岩魚で祟ることも無いというケースが多いようである。岩魚ではなく他の川魚だったり、沼の主の鯰だったりすることもあり、殆どの場合が大きな魚であり、年老いて妖怪になったものと思われる。あるいは、旅の坊主が一夜の宿を借りた次の日、大雨で川が決壊しそうな時に旅の坊主が飛び出していったが、雨がやんでから川を見に行ってみると腹が破れご飯の覗いた大きな岩魚が土手の亀裂に挟まって川の決壊を止めていたというような村を救った岩魚の話もある。いずれの話にせよ、最後に腹を割かれることで坊主と岩魚を同一視させるという流れであり、必ず死んでしまう可哀想な妖怪である。
岩魚坊主(いわなぼうず)とは、日本各地の伝承に登場する大きなイワナ|岩魚が化けた妖怪である。
概要
釣り人が川で釣りをしている最中に、一人の坊主が現れて長話に興じる。この近くは寺の土地なので釣りはあまりしないようにと釣り人に注意をするが、釣り人は持っていたご飯を振るまったので、気をよくして坊主は帰って行った。その後、とても大きな岩魚がかかり、持って帰って捌いてみると、腹から坊主に振る舞ったご飯がでてきた。というような話である。もちろん、地域によって多少話の流れが異なるものの共通点としては、人間が坊主に食べさせたものが魚の腹から出てくるということである。
いろいろなバリエーション
釣り人は一人とは限らず、大勢で釣りを行う場合もある。毒を流したり網をはって大量に魚を捕ろうとするところへ現れた坊主が殺生を戒めるが、坊主が立ち去った後にその漁法で大きな岩魚がかかるというケースや、釣り人の釣り場を聞いて帰っていったが釣り人が釣り場を変えた途端に大きな岩魚がかかるケースなど、釣られないように必死で化けた岩魚で祟ることも無いというケースが多いようである。岩魚ではなく他の川魚だったり、沼の主の鯰だったりすることもあり、殆どの場合が大きな魚であり、年老いて妖怪になったものと思われる。あるいは、旅の坊主が一夜の宿を借りた次の日、大雨で川が決壊しそうな時に旅の坊主が飛び出していったが、雨がやんでから川を見に行ってみると腹が破れご飯の覗いた大きな岩魚が土手の亀裂に挟まって川の決壊を止めていたというような村を救った岩魚の話もある。いずれの話にせよ、最後に腹を割かれることで坊主と岩魚を同一視させるという流れであり、必ず死んでしまう可哀想な妖怪である。

