妖怪事典<からかさ小僧>
からかさ小僧(からかさこぞう)は、古い傘が変化した妖怪。「傘おばけ」「傘化け(かさばけ)」などとも呼ばれる。水木しげる原作の「ゲゲゲの鬼太郎」の影響もあり比較的有名な妖怪である。一般的には、軸を下にしてたたんだ状態で表現される。傘の軸が1本であることからこの妖怪も一本足で飛び跳ねるようにして移動する。足に下駄を履いている場合もある。傘の部分が顔になっており、目が一つついている。
この妖怪は特に悪さをしないのが特徴で、暗くなってから家の周りを飛び跳ね、人に出会うと大きな赤い舌を出して驚かす。これだけで十分迷惑な存在ではあるが、直接危害を加えるわけではないので、妖怪の中では危険度の低い存在ではある。
人間の生活で使用する道具には、年月を経て古くなると変化(へんげ)する能力を持つこともあるという考え方がある。これを付憑神(つくもがみ)といい、この妖怪もその一例である。
2005年08月29日
2005年08月28日
妖怪[伴かづぎ]
妖怪事典<伴かづぎ>
伴かづぎ(とも - )とは三重県志摩市に伝わる海女の妖怪伝承である。海女が潜っていると同じ顔をした人が潜ってくると言う物。いわゆる日本版ドッペルゲンガーである。これを見たときには2、3日、漁を休むとも言われている。また、年間に1、2回ほど伴かづぎが出ると言われる日があり、この時も漁を休む。「かづぎ」とは潜水漁の事で万葉言葉でもある。
関連項目
ドッペルゲンガー
志摩市
セーマンドーマン − 伴かづぎ除けのお呪い。
外部リンク
満月の長い夜 月光少女アンティック・ナナ−登場する作品。
伴かづぎ(とも - )とは三重県志摩市に伝わる海女の妖怪伝承である。海女が潜っていると同じ顔をした人が潜ってくると言う物。いわゆる日本版ドッペルゲンガーである。これを見たときには2、3日、漁を休むとも言われている。また、年間に1、2回ほど伴かづぎが出ると言われる日があり、この時も漁を休む。「かづぎ」とは潜水漁の事で万葉言葉でもある。
関連項目
外部リンク
2005年08月27日
妖怪[管狐]
妖怪事典<管狐>
管狐(くだぎつね)とは、伝承上・伝説の生物一覧|伝説の生物で、竹管のような細い筒の中に住む、小さく細長い日本の妖怪・妖精・精霊の一種。容姿は、名前の通り狐のような形をしている。別名、飯綱(いづな)とも言い、東北地方の霊能者や信州の飯綱使い(いづなつかい)などが持っていて、通力を具え、占術などに使用される。狐憑きの一種として語られることもあり、地方によって管狐を有するとされる家は「くだもち」と呼ばれて忌み嫌われた。管狐に竹管から出してほしいとせがまれて竹管から出すと、持ち主の近隣に農作物を不作にする、病人を出す、機の調子を悪くするなどの悪事を働くとされるが、これは西洋で魔女がなすとされる害悪と類似する。また、天狗に使役される使い魔ので、これを飼い慣らす事ができれば、大金持ちになることができるとされている。なお、「管狐」の語はイタチ科の動物オコジョの別名としてぁ bMQ$$$i$l$k!#
関連項目
イタコ
陰陽道
祈祷・祈祷師
日本の妖怪の一覧
イイズナ(イタチの一種)
管狐(くだぎつね)とは、伝承上・伝説の生物一覧|伝説の生物で、竹管のような細い筒の中に住む、小さく細長い日本の妖怪・妖精・精霊の一種。容姿は、名前の通り狐のような形をしている。別名、飯綱(いづな)とも言い、東北地方の霊能者や信州の飯綱使い(いづなつかい)などが持っていて、通力を具え、占術などに使用される。狐憑きの一種として語られることもあり、地方によって管狐を有するとされる家は「くだもち」と呼ばれて忌み嫌われた。管狐に竹管から出してほしいとせがまれて竹管から出すと、持ち主の近隣に農作物を不作にする、病人を出す、機の調子を悪くするなどの悪事を働くとされるが、これは西洋で魔女がなすとされる害悪と類似する。また、天狗に使役される使い魔ので、これを飼い慣らす事ができれば、大金持ちになることができるとされている。なお、「管狐」の語はイタチ科の動物オコジョの別名としてぁ bMQ$$$i$l$k!#
関連項目
2005年08月24日
2005年08月19日
妖怪[伴かづぎ]
妖怪事典<伴かづぎ>
伴かづぎ(とも - )とは三重県志摩市に伝わる海女の妖怪伝承である。海女が潜っていると同じ顔をした人が潜ってくると言う物。いわゆる日本版ドッペルゲンガーである。これを見たときには2、3日、漁を休むとも言われている。また、年間に1、2回ほど伴かづぎが出ると言われる日があり、この時も漁を休む。「かづぎ」とは潜水漁の事で万葉言葉でもある。
関連項目
ドッペルゲンガー
志摩市
セーマンドーマン − 伴かづぎ除けのお呪い。
外部リンク
満月の長い夜 月光少女アンティック・ナナ−登場する作品。
伴かづぎ(とも - )とは三重県志摩市に伝わる海女の妖怪伝承である。海女が潜っていると同じ顔をした人が潜ってくると言う物。いわゆる日本版ドッペルゲンガーである。これを見たときには2、3日、漁を休むとも言われている。また、年間に1、2回ほど伴かづぎが出ると言われる日があり、この時も漁を休む。「かづぎ」とは潜水漁の事で万葉言葉でもある。
関連項目
外部リンク
2005年08月18日
妖怪[天狗]
妖怪事典<天狗>
天狗(てんぐ)#日本の神、妖怪、伝説の生物一覧|伝説上の生き物。下記に記す。
・将棋の将棋の駒|駒。天狗 (駒)を参照。----
天狗(てんぐ)は日本の伝説の生物一覧|伝説上の生き物。人を魔道に導く魔物。俗に外法様ともいう。
後白河天皇の異名でもあった。
天狗の由来
元来は中国の物怪で、流星または彗星の尾の流れる様子を差したり、中国の奇書『山海経』西山経3巻の章莪山の項に、「獣あり。その状狸(山猫を指すと考えられる)の如く、白い首、名は天狗。その声は榴榴の様。凶をふせぐによろし」とあるように天狐、アナグマに例えられた。日本において天狗の言葉が初めてあらわれるのは『日本書紀』で、634年、怪音をたてて空を飛来するもの(かなり地表まで落下した流星か)を、「流星にあらず、これ天狗アマキツネなり」と呼んだという記載がある。平安時代の天狗とは、『山海経』の形状の通り天狐であり、やはり彗星あるいは流星を指した。 今日、一般的に伝えられる、鼻が高く赤ら顔、山伏のような装束に身を包み、一本歯の高下駄を履き、葉団扇を持って自在に空を飛び悪巧みをするといった性質は中世以降のもの(他の邸 76iと区別して、鼻高天狗と呼ばれる)で、本来の天狗とは関連が薄い。これらはむしろ『今昔物語集』に見える、空を駆け、人に憑く「鷹」と呼ばれる魔物や、仏教の、顔は天狗、体は人間で、一対の羽を持つ「天魔」と呼ばれる魔物が直接の原形であろう。この天狗の原型は、恐らく室町初期以降の変化したもので、室町時代成立とされる御伽草紙『天狗の内裏』の、鞍馬寺の鞍馬天狗の容姿が、その初期のものと考えられる。 『平家物語』では、「人にて人ならず、鳥にて鳥ならず、犬にて犬ならず、足手は人、かしらは犬、左右に羽根はえ、飛び歩くもの」とあり、鎌倉時代になると、験力を誇示する天台僧らに、仏教の超越性を証明する為の標的とされ、『是害坊絵巻』を始めとする書物に、天台の僧に戦いぁ rD)$_!"L5;D$KGTB`$9$k天狗 の物語が伝えられるようになる。また、林羅山の『神社考』「天狗論」、また平田篤胤の『古今妖魅考』に、京都市上京区に存在する「白峰神社」の祭神である金色の鳶と化した讃岐院(崇徳上皇)、長い翼を持つ沙門となった後鳥羽上皇、龍車を駆る後醍醐天皇ら、『太平記』に登場する御霊が天狗として紹介される。 天狗は、自慢の権化とされ、鼻が高いのはその象徴である。彼等は総じて教えたがり魔である。中世には、仏教の六道のほかに天狗道があり、仏道を学んでいる為地獄に堕ちず、邪法を扱うため極楽にも行けない無限地獄とされた。
天狗の種類
天狗の種類としては、天狗として世にあだなし、業尽きて後、再び人身を得ようとする「波旬」、自尊心と驕慢を縁として集う「魔縁」と呼ばれる存在がある。またその伝承も各地に伝わっており、変わったものとして、紀州に伝わる、山伏に似た白衣を着、自由自在に空を飛ぶ「空神」、岩手県南部では「スネカ」、北部では「ナゴミ」「ナゴミタクリ」という、小正月に怠け者のすねにできるという火まだらをはぎとりに現われる天狗などが伝えられる。姿を見た者はいないが、五月十五日の月夜の晩に太平洋から飛んでくる「アンモ」もこの類で、イロリにばかりあたっている怠け童子の脛には、茶色の火班がついているので、その皮を剥ぎにくるという。弱い子供を助けてくれ、病気で寝ている子はアンモを拝むと治るという。静岡県大井川では、『諸国里人談』に、一名を「境鳥」といい、顔は人に似て正面に目があり、翼を広げるとその幅約6尺、人間と同じような容姿、大きさで、嘴を持つ「木葉(! B天狗」が伝えられており、夜更けに川面を飛び交い魚を取っていたと記されている。また、鳥のくちばしと翼を持った鳥類系天狗の形状を色濃く残す「烏天狗」は有名である。有名な是害坊天狗などもこの種で、多くの絵巻にその姿が残されている。
神としての天狗
神として信仰の対象となる程の大天狗には名が付いており、愛宕山の太郎坊、鞍馬山の僧正坊、比良山の次郎坊の他、比叡山法性坊、英彦山豊前坊、富士山太郎坊、白峰山相模坊、鞍馬山の鬼一法眼(鬼一法目)等が知られる。滋賀県高島郡では「グヒンサン」と言い、大空を飛び、祭見物をしたという。高島町大溝に火をつけにいったが、隙間がなくて失敗したという話が伝わっている。奄美大島でも、山に住む「テンゴヌカミ」が知られ、大工の棟梁であったが、嫁迎えのため六十畳の家を一日で作るので藁人形に息を吹きかけて生命を与えて使い、二千人を山に、二千人を海に帰したと言う。愛媛県石鎚山では、六歳の男の子が山頂でいなくなり、いろいろ探したが見つからず、やむなく家に帰ると、すでに子供は戻っていた。子に聞くと、山頂の祠の裏で小便をしていると、真っ黒い大男が出てきて子供をたしなめ、「送ってあげるから目をつぶっておいで」と言い、気がつくと自分の家の裏庭に立っていたという。
[山神としての天狗]
天狗しばしば輝く鳥として描かれ、松明丸、魔縁とも呼ばれた。怨霊となった崇徳上皇が、天狗の王として金色の鷲として描かれるはこのためである。また、山神との関係も深く、霊峰とされる山々には、必ず天狗がいるとされ(それゆえ山伏の姿をしていると考えられる)、実際に山神を天狗(ダイバ)とする地方は多い。現在でも、山形県最上郡の伝承にみえる天狗は白髪の老人である。山伏を中心とする天狗の信仰は、民間の仏教と、古代から続く山の神秘観山岳信仰に結びついたもので、極めて豊富な天狗についての伝説は山岳信仰の深さを物語るものである。山形県などでは、夏山のしげみの間にある十数坪の苔地や砂地を、「天狗のすもう場」として崇敬し、神奈川県の山村では、夜中の、木を切ったり、「天狗倒し」と呼ばれる、山中で大木を切り倒す不思議な音、山小屋が、風もないのにゆれたりすることを山天狗の仕業としている。鉄砲を三つ撃てばこうした怪音がやむという説もある。その他、群馬県利根郡では、どこからともなく笑い声が聞こえ、構わず行くと更に大きな声で笑うが、今度はこちらが笑い返すと、前にもまして大声で笑うという「天狗笑い」、山道を歩いていると突然風が起こり、山鳴りがして大きな石が飛んでくる「天狗礫」(これは天狗の通り道だという)、「天狗田」、「天狗の爪とぎ石」、「天狗の山」、「天狗谷」など、天狗棲む場所、すなわち「天狗の領地」、「狗賓の住処」の伝承がある。金沢市の繁華街尾張町では、宝暦五年(1755 )に『天狗つぶて』が見られたという。特に、鳥のように自由に空を飛び回る天狗が住んでいたり、腰掛けたりすると言われている天狗松(あるいは杉)の伝承は日本各地にあり、山伏の山岳信仰と天狗の相関関係を示す好例である。樹木は神霊の依り代とされ、天狗が山の神とも信じられていたことから、天狗が樹木に棲むと信じられたと考えられる。こうした木の周囲では、天狗の羽音が? J9$3$($?$j!"Iw$,S9$C$?$j$9$k$H$$$&!#Iw$,2;$r$?$F$FS9$k$N$O!"天狗の声だと考えられた。愛知県宝飯郡にある大松の幹には天狗の巣と呼ばれる大きな洞穴があり、実際に天狗を見た人もいると云う。また埼玉県児玉郡では、天狗の松を伐ろうとした人が、枝から落ちてひどい怪我を負ったが、これは天狗に蹴落とされたのだという話である。天狗の木と呼ばれる樹木は枝の広がった大木や、二枝に岐れまた合わさって窓形になったもの、枝がコブの形をしたものなど、著しく異形の木が多い。
関連項目
妖怪
日本の妖怪の一覧
伝説
未確認生物
UMA
張型
天狗(てんぐ)#日本の神、妖怪、伝説の生物一覧|伝説上の生き物。下記に記す。
・将棋の将棋の駒|駒。天狗 (駒)を参照。----
天狗(てんぐ)は日本の伝説の生物一覧|伝説上の生き物。人を魔道に導く魔物。俗に外法様ともいう。
後白河天皇の異名でもあった。
天狗の由来
元来は中国の物怪で、流星または彗星の尾の流れる様子を差したり、中国の奇書『山海経』西山経3巻の章莪山の項に、「獣あり。その状狸(山猫を指すと考えられる)の如く、白い首、名は天狗。その声は榴榴の様。凶をふせぐによろし」とあるように天狐、アナグマに例えられた。日本において天狗の言葉が初めてあらわれるのは『日本書紀』で、634年、怪音をたてて空を飛来するもの(かなり地表まで落下した流星か)を、「流星にあらず、これ天狗アマキツネなり」と呼んだという記載がある。平安時代の天狗とは、『山海経』の形状の通り天狐であり、やはり彗星あるいは流星を指した。 今日、一般的に伝えられる、鼻が高く赤ら顔、山伏のような装束に身を包み、一本歯の高下駄を履き、葉団扇を持って自在に空を飛び悪巧みをするといった性質は中世以降のもの(他の邸 76iと区別して、鼻高天狗と呼ばれる)で、本来の天狗とは関連が薄い。これらはむしろ『今昔物語集』に見える、空を駆け、人に憑く「鷹」と呼ばれる魔物や、仏教の、顔は天狗、体は人間で、一対の羽を持つ「天魔」と呼ばれる魔物が直接の原形であろう。この天狗の原型は、恐らく室町初期以降の変化したもので、室町時代成立とされる御伽草紙『天狗の内裏』の、鞍馬寺の鞍馬天狗の容姿が、その初期のものと考えられる。 『平家物語』では、「人にて人ならず、鳥にて鳥ならず、犬にて犬ならず、足手は人、かしらは犬、左右に羽根はえ、飛び歩くもの」とあり、鎌倉時代になると、験力を誇示する天台僧らに、仏教の超越性を証明する為の標的とされ、『是害坊絵巻』を始めとする書物に、天台の僧に戦いぁ rD)$_!"L5;D$KGTB`$9$k天狗 の物語が伝えられるようになる。また、林羅山の『神社考』「天狗論」、また平田篤胤の『古今妖魅考』に、京都市上京区に存在する「白峰神社」の祭神である金色の鳶と化した讃岐院(崇徳上皇)、長い翼を持つ沙門となった後鳥羽上皇、龍車を駆る後醍醐天皇ら、『太平記』に登場する御霊が天狗として紹介される。 天狗は、自慢の権化とされ、鼻が高いのはその象徴である。彼等は総じて教えたがり魔である。中世には、仏教の六道のほかに天狗道があり、仏道を学んでいる為地獄に堕ちず、邪法を扱うため極楽にも行けない無限地獄とされた。
天狗の種類
天狗の種類としては、天狗として世にあだなし、業尽きて後、再び人身を得ようとする「波旬」、自尊心と驕慢を縁として集う「魔縁」と呼ばれる存在がある。またその伝承も各地に伝わっており、変わったものとして、紀州に伝わる、山伏に似た白衣を着、自由自在に空を飛ぶ「空神」、岩手県南部では「スネカ」、北部では「ナゴミ」「ナゴミタクリ」という、小正月に怠け者のすねにできるという火まだらをはぎとりに現われる天狗などが伝えられる。姿を見た者はいないが、五月十五日の月夜の晩に太平洋から飛んでくる「アンモ」もこの類で、イロリにばかりあたっている怠け童子の脛には、茶色の火班がついているので、その皮を剥ぎにくるという。弱い子供を助けてくれ、病気で寝ている子はアンモを拝むと治るという。静岡県大井川では、『諸国里人談』に、一名を「境鳥」といい、顔は人に似て正面に目があり、翼を広げるとその幅約6尺、人間と同じような容姿、大きさで、嘴を持つ「木葉(! B天狗」が伝えられており、夜更けに川面を飛び交い魚を取っていたと記されている。また、鳥のくちばしと翼を持った鳥類系天狗の形状を色濃く残す「烏天狗」は有名である。有名な是害坊天狗などもこの種で、多くの絵巻にその姿が残されている。
神としての天狗
神として信仰の対象となる程の大天狗には名が付いており、愛宕山の太郎坊、鞍馬山の僧正坊、比良山の次郎坊の他、比叡山法性坊、英彦山豊前坊、富士山太郎坊、白峰山相模坊、鞍馬山の鬼一法眼(鬼一法目)等が知られる。滋賀県高島郡では「グヒンサン」と言い、大空を飛び、祭見物をしたという。高島町大溝に火をつけにいったが、隙間がなくて失敗したという話が伝わっている。奄美大島でも、山に住む「テンゴヌカミ」が知られ、大工の棟梁であったが、嫁迎えのため六十畳の家を一日で作るので藁人形に息を吹きかけて生命を与えて使い、二千人を山に、二千人を海に帰したと言う。愛媛県石鎚山では、六歳の男の子が山頂でいなくなり、いろいろ探したが見つからず、やむなく家に帰ると、すでに子供は戻っていた。子に聞くと、山頂の祠の裏で小便をしていると、真っ黒い大男が出てきて子供をたしなめ、「送ってあげるから目をつぶっておいで」と言い、気がつくと自分の家の裏庭に立っていたという。
[山神としての天狗]
天狗しばしば輝く鳥として描かれ、松明丸、魔縁とも呼ばれた。怨霊となった崇徳上皇が、天狗の王として金色の鷲として描かれるはこのためである。また、山神との関係も深く、霊峰とされる山々には、必ず天狗がいるとされ(それゆえ山伏の姿をしていると考えられる)、実際に山神を天狗(ダイバ)とする地方は多い。現在でも、山形県最上郡の伝承にみえる天狗は白髪の老人である。山伏を中心とする天狗の信仰は、民間の仏教と、古代から続く山の神秘観山岳信仰に結びついたもので、極めて豊富な天狗についての伝説は山岳信仰の深さを物語るものである。山形県などでは、夏山のしげみの間にある十数坪の苔地や砂地を、「天狗のすもう場」として崇敬し、神奈川県の山村では、夜中の、木を切ったり、「天狗倒し」と呼ばれる、山中で大木を切り倒す不思議な音、山小屋が、風もないのにゆれたりすることを山天狗の仕業としている。鉄砲を三つ撃てばこうした怪音がやむという説もある。その他、群馬県利根郡では、どこからともなく笑い声が聞こえ、構わず行くと更に大きな声で笑うが、今度はこちらが笑い返すと、前にもまして大声で笑うという「天狗笑い」、山道を歩いていると突然風が起こり、山鳴りがして大きな石が飛んでくる「天狗礫」(これは天狗の通り道だという)、「天狗田」、「天狗の爪とぎ石」、「天狗の山」、「天狗谷」など、天狗棲む場所、すなわち「天狗の領地」、「狗賓の住処」の伝承がある。金沢市の繁華街尾張町では、宝暦五年(1755 )に『天狗つぶて』が見られたという。特に、鳥のように自由に空を飛び回る天狗が住んでいたり、腰掛けたりすると言われている天狗松(あるいは杉)の伝承は日本各地にあり、山伏の山岳信仰と天狗の相関関係を示す好例である。樹木は神霊の依り代とされ、天狗が山の神とも信じられていたことから、天狗が樹木に棲むと信じられたと考えられる。こうした木の周囲では、天狗の羽音が? J9$3$($?$j!"Iw$,S9$C$?$j$9$k$H$$$&!#Iw$,2;$r$?$F$FS9$k$N$O!"天狗の声だと考えられた。愛知県宝飯郡にある大松の幹には天狗の巣と呼ばれる大きな洞穴があり、実際に天狗を見た人もいると云う。また埼玉県児玉郡では、天狗の松を伐ろうとした人が、枝から落ちてひどい怪我を負ったが、これは天狗に蹴落とされたのだという話である。天狗の木と呼ばれる樹木は枝の広がった大木や、二枝に岐れまた合わさって窓形になったもの、枝がコブの形をしたものなど、著しく異形の木が多い。
関連項目
日本の妖怪の一覧
UMA
Wikipediaより引用
2005年08月17日
2005年08月16日
妖怪[座敷童子]
妖怪<座敷童子>
座敷童子(ざしきわらし)は、主に岩手県に伝えられる精霊的な存在。岩手県の金田一温泉「緑風荘」の座敷童子が有名。一般的には、赤面垂髪の5、6歳くらいの小童(童子のことも童女のこともある)で、豪家や旧家の奥座敷に居り、その存在が家の趨勢に関ると言われるため、これを手厚く取り扱い、毎日膳を供える家もある。座敷童子は悪戯好きで、夜になると客人のふとんの上にまたがったり枕を返したりするが、見たものは幸運が訪れるといわれる。 小さな足跡を灰やさらし粉の上に残し、夜中に糸車をまわす音を立てるともいわれ、奥座敷で御神楽のような音をたてて遊ぶことがある。その姿は家の者以外には見えず、また、子供には見えても、 大人には見えないとする説もある。狐持や犬神持に類似した構造を持つが、座敷童子の住んでいることを迷惑がらず、むしろ神として保護し、周囲? $N?M4V$b座敷童子の居る家に対して、一種畏敬の念を持って接する点が、狐持や犬神持とは異なる。座敷童、ザシキワラシ、座敷童衆とも表記する。同様のものに「座敷ぼっこ」「蔵ぼっこ」「座敷小僧」などがある。柳田国男の『遠野物語』や『石神問答』などにより知られる。『遠野物語』には17話・18話に座敷童子の話がある。「この神の宿りたもう家は富貴自在ということなり」とのこと。『遠野物語』での表記は「ザシキワラシ」または「座敷ワラシ」。「ザシキワラシは座敷童衆なり」の注がある。『十方庵遊歴雑記』には、岩手県江刺市稲瀬の座敷童子についての記述が見られ、家の土間に居る座敷童子を、「コメツキワラシ」、「ノタバリコ」、「ウスツキコ」等と言い、 奥座敷にいる色の白い最も綺麗な座敷童子を「チョウビラコ」と呼んでいる。 また、手を出して人ぁ r>7$-!"2 P;v!"9??e!"DEGH$J$I$N:R2R$rCN$i$;$k0Y!"!V:Y座敷童子も存在する。石川の「マクラガエシ」は、ある家の座敷に寝ると、特に二本差しや髭を立て洋服を着て高慢な顔をしたものが泊まると隣室に引き出すという。四国金毘羅宮の、奥の院周辺の家には、夜になると仏壇の中から「アカシャグマ」が出てきたと云う。アカシャグマとは、赤く染めたクマの毛のことで、これを被った小さな子供のようなものが、家の持ち主の婆さんをくすぐることが毎晩だったと云う。
座敷童子の由来は明白でないが、東北地方には新生児を間引いて屋内に埋める風習があり、その間引かれた子供の霊を祭る信仰を核として、呪術師の使役する役霊、つまり仏教で云う護法童子、 民間でいう心得童子の信仰が加味され、今日に伝わったものと考えられる。この場合、東北地方の蚕神、竈神として祭られる「オクマイサマ」、「オシラサマ」と同様、ある種鎮魂信仰としての側面が強い。しばしば小説や映画やドラマの題材になる。文学上の座敷童子について、よくあるモチーフは以下の通り。*ある栄えている家があり、そこには座敷童子がいると言われていた。ある夜、男が道で見慣れぬ童子に会う。どこから来たかと聞くと、その栄えている家から来たと答える。どこへ行くのかと聞くと、別の家に行くと答える。はたして、それまで栄えていた家は没落し、童子の行った家は栄えた。(この話は『遠野物語』18話にある)*子供たちと座敷童子が遊ぶ。その姿は大人には見えない。*子供たちが集まっている。数を数えると一人多いのだが、誰が多いのかわからない。しばらくしてもう一度数を数えると、こんどはちゃんと合っている。さっき多かった一人は座敷童子であろうということになった。
芸術における座敷童
ユタと不思議な仲間たち
座敷童子(ざしきわらし)は、主に岩手県に伝えられる精霊的な存在。岩手県の金田一温泉「緑風荘」の座敷童子が有名。一般的には、赤面垂髪の5、6歳くらいの小童(童子のことも童女のこともある)で、豪家や旧家の奥座敷に居り、その存在が家の趨勢に関ると言われるため、これを手厚く取り扱い、毎日膳を供える家もある。座敷童子は悪戯好きで、夜になると客人のふとんの上にまたがったり枕を返したりするが、見たものは幸運が訪れるといわれる。 小さな足跡を灰やさらし粉の上に残し、夜中に糸車をまわす音を立てるともいわれ、奥座敷で御神楽のような音をたてて遊ぶことがある。その姿は家の者以外には見えず、また、子供には見えても、 大人には見えないとする説もある。狐持や犬神持に類似した構造を持つが、座敷童子の住んでいることを迷惑がらず、むしろ神として保護し、周囲? $N?M4V$b座敷童子の居る家に対して、一種畏敬の念を持って接する点が、狐持や犬神持とは異なる。座敷童、ザシキワラシ、座敷童衆とも表記する。同様のものに「座敷ぼっこ」「蔵ぼっこ」「座敷小僧」などがある。柳田国男の『遠野物語』や『石神問答』などにより知られる。『遠野物語』には17話・18話に座敷童子の話がある。「この神の宿りたもう家は富貴自在ということなり」とのこと。『遠野物語』での表記は「ザシキワラシ」または「座敷ワラシ」。「ザシキワラシは座敷童衆なり」の注がある。『十方庵遊歴雑記』には、岩手県江刺市稲瀬の座敷童子についての記述が見られ、家の土間に居る座敷童子を、「コメツキワラシ」、「ノタバリコ」、「ウスツキコ」等と言い、 奥座敷にいる色の白い最も綺麗な座敷童子を「チョウビラコ」と呼んでいる。 また、手を出して人ぁ r>7$-!"2 P;v!"9??e!"DEGH$J$I$N:R2R$rCN$i$;$k0Y!"!V:Y
座敷童子の由来は明白でないが、東北地方には新生児を間引いて屋内に埋める風習があり、その間引かれた子供の霊を祭る信仰を核として、呪術師の使役する役霊、つまり仏教で云う護法童子、 民間でいう心得童子の信仰が加味され、今日に伝わったものと考えられる。この場合、東北地方の蚕神、竈神として祭られる「オクマイサマ」、「オシラサマ」と同様、ある種鎮魂信仰としての側面が強い。しばしば小説や映画やドラマの題材になる。文学上の座敷童子について、よくあるモチーフは以下の通り。*ある栄えている家があり、そこには座敷童子がいると言われていた。ある夜、男が道で見慣れぬ童子に会う。どこから来たかと聞くと、その栄えている家から来たと答える。どこへ行くのかと聞くと、別の家に行くと答える。はたして、それまで栄えていた家は没落し、童子の行った家は栄えた。(この話は『遠野物語』18話にある)*子供たちと座敷童子が遊ぶ。その姿は大人には見えない。*子供たちが集まっている。数を数えると一人多いのだが、誰が多いのかわからない。しばらくしてもう一度数を数えると、こんどはちゃんと合っている。さっき多かった一人は座敷童子であろうということになった。
芸術における座敷童
2005年08月15日
妖怪[鬼]
妖怪<鬼>
・日本に伝わる頭に角がある赤や青の肌をした巨人であり伝説の生物一覧|伝説の生物。
・鬼(クェイ)中国では死んだ人間の亡霊のこと。
・まるで 1. であるかのような、恐ろしい性格、特定の物事に恐ろしく卓越した能力、などを持つ人間や動物。「重馬場の鬼」(競馬)、「鬼脚」(競輪競技で、まくり戦法を得意とする選手。特に、かつての井上茂徳選手を指す。)、「キックの鬼」(沢村忠)など。
・「かくれんぼ」「鬼ごっこ」「だるまさんがころんだ」など特定の遊びで、人を捕まえる役割、後ろにいる人を当てる役割など、他のメンバーとは違う役割を担う人間。「避けるべきもの」のようなイメージで捉えられるため、必死で鬼から脱出して他の一般の中に戻ろうとするところに、鬼を使った遊びの醍醐味がある。
・特撮テレビドラマ作品『仮面ライダー響鬼』に登場する変容能力を備えた人間。(→仮面ライダー響鬼#鬼 (仮面ライダー)|鬼 (仮面ライダー))
・仏典での夜叉、餓鬼、羅刹のこと。
本項では、主に 1.2. について説明する。
----
鬼(おに)は、日本の伝説の生物一覧|伝説上の生き物。
一般的に鬼という場合、幽霊や悪い精霊などのいわゆる「魑魅魍魎(ちみもうりょう)」の類とされているが、扱いとしては西洋で言う魔女に近い。その他、恐ろしい人を鬼に例えることが多い。
由来
「おに」の語はおぬ(隠)が転じたもので、元来は姿の見えないもの、この世ならざるものであることを意味した。そこから人の力を超えたものの意となり、後に、人に災いをもたらす伝説上のヒューマノイドのイメージが定着した。さらに、陰陽思想や浄土思想と習合し、地獄における閻魔|閻魔大王配下の獄卒であるとされた。
おにの姿
最も知名度が高い姿は、頭に角と巻き毛の頭髪を具え、口に牙を有し、指に鋭い爪が生え、虎の毛皮の褌を腰に纏い、表面に突起のある金棒を持った大男である。これは、丑の方と寅の方の間の方角(艮:うしとら)を鬼門と呼ぶことによるもので、牛の角と体、虎の牙と爪を持ち、虎の皮を身に付けているとされた。酒呑童子は赤毛で角があり、髭も髪も眉毛もつながっており、手足は熊の手のようであるとされている。
鬼は元々はこのような定まった姿は持っておらず、語源の「おぬ(隠)」の通り姿の見えないこともあった。まれには、見目麗しい男性の姿で現れて女を誘うことがある。
現在の鬼の姿は仏教の羅卒が混入したものである。
具体的な鬼(または鬼とされた人間)
なぜか「童子」と呼ばれる者が多い。
酒呑童子(しゅてんどうじ)
茨木童子(いばらきどうじ)
ダイダラボッチ(別名 一つ目の鬼神)
九鬼嘉隆(くかみよしたか漢字は鬼の字の上の点がないもの くきよしたかは俗名)の座右の銘 故に乗船する安宅船に付いた名が鬼宿−後の日本丸)
牛頭馬頭(ごずめず)
速疾鬼(そくしつき)
独脚鬼(Tokebi)など
文学
童話などにも数多く登場する。
一寸法師
桃太郎
泣いた赤鬼
花咲じいさん
[ 漫画 ]
永井豪作品。しばしば、非情・非論理的な暴力の象徴としてしばしばとりあげ、鬼がストーリーの中心となる作品も数作ある。
鬼-2889年の反乱-
手天童子
地獄先生ぬ〜べ〜
シャーマンキング
中国における「鬼」
中国で鬼(クェイ)という場合、死霊、死者の霊魂のことを指す。中国では、直接鬼と呼ぶのはタブーであることから、婉曲して好兄弟ともいう。また日本にもこの思想が入っており、人が死ぬことを指して「鬼籍に入る」などと言う言い方がある他、元来の意味合いと混交したイメージでも捉えられている。従って、中国語で「鬼−」と言う表現は、必ずしも勇猛等を意味しない。戦前の日本軍で、ある将官が「鬼将軍」と渾名され、当人は軍人として誇りにしていたが、実はその痩せた風貌を揶揄したものであったというエピソードがこれを物語る。文禄・慶長の役の際、島津義弘の率いる軍勢を明軍は「鬼石曼子」と言って恐れたとの逸話においても「鬼」はその勇猛さよりも、「神出鬼没」の意味において使用されているものと思われる。また、中国の天文学や占星術としても、朱雀七星宿の一つの『鬼宿』として用いられた。
関連記事
桃太郎
節分
日本の鬼の交流博物館
二十八宿
外部リンク
鬼の研究
鬼サミット
・日本に伝わる頭に角がある赤や青の肌をした巨人であり伝説の生物一覧|伝説の生物。
・鬼(クェイ)中国では死んだ人間の亡霊のこと。
・まるで 1. であるかのような、恐ろしい性格、特定の物事に恐ろしく卓越した能力、などを持つ人間や動物。「重馬場の鬼」(競馬)、「鬼脚」(競輪競技で、まくり戦法を得意とする選手。特に、かつての井上茂徳選手を指す。)、「キックの鬼」(沢村忠)など。
・「かくれんぼ」「鬼ごっこ」「だるまさんがころんだ」など特定の遊びで、人を捕まえる役割、後ろにいる人を当てる役割など、他のメンバーとは違う役割を担う人間。「避けるべきもの」のようなイメージで捉えられるため、必死で鬼から脱出して他の一般の中に戻ろうとするところに、鬼を使った遊びの醍醐味がある。
・特撮テレビドラマ作品『仮面ライダー響鬼』に登場する変容能力を備えた人間。(→仮面ライダー響鬼#鬼 (仮面ライダー)|鬼 (仮面ライダー))
・仏典での夜叉、餓鬼、羅刹のこと。
本項では、主に 1.2. について説明する。
----
鬼(おに)は、日本の伝説の生物一覧|伝説上の生き物。
一般的に鬼という場合、幽霊や悪い精霊などのいわゆる「魑魅魍魎(ちみもうりょう)」の類とされているが、扱いとしては西洋で言う魔女に近い。その他、恐ろしい人を鬼に例えることが多い。
由来
「おに」の語はおぬ(隠)が転じたもので、元来は姿の見えないもの、この世ならざるものであることを意味した。そこから人の力を超えたものの意となり、後に、人に災いをもたらす伝説上のヒューマノイドのイメージが定着した。さらに、陰陽思想や浄土思想と習合し、地獄における閻魔|閻魔大王配下の獄卒であるとされた。
おにの姿
最も知名度が高い姿は、頭に角と巻き毛の頭髪を具え、口に牙を有し、指に鋭い爪が生え、虎の毛皮の褌を腰に纏い、表面に突起のある金棒を持った大男である。これは、丑の方と寅の方の間の方角(艮:うしとら)を鬼門と呼ぶことによるもので、牛の角と体、虎の牙と爪を持ち、虎の皮を身に付けているとされた。酒呑童子は赤毛で角があり、髭も髪も眉毛もつながっており、手足は熊の手のようであるとされている。
鬼は元々はこのような定まった姿は持っておらず、語源の「おぬ(隠)」の通り姿の見えないこともあった。まれには、見目麗しい男性の姿で現れて女を誘うことがある。
現在の鬼の姿は仏教の羅卒が混入したものである。
具体的な鬼(または鬼とされた人間)
なぜか「童子」と呼ばれる者が多い。
文学
童話などにも数多く登場する。
[ 漫画 ]
鬼-2889年の反乱-
手天童子
中国における「鬼」
中国で鬼(クェイ)という場合、死霊、死者の霊魂のことを指す。中国では、直接鬼と呼ぶのはタブーであることから、婉曲して好兄弟ともいう。また日本にもこの思想が入っており、人が死ぬことを指して「鬼籍に入る」などと言う言い方がある他、元来の意味合いと混交したイメージでも捉えられている。従って、中国語で「鬼−」と言う表現は、必ずしも勇猛等を意味しない。戦前の日本軍で、ある将官が「鬼将軍」と渾名され、当人は軍人として誇りにしていたが、実はその痩せた風貌を揶揄したものであったというエピソードがこれを物語る。文禄・慶長の役の際、島津義弘の率いる軍勢を明軍は「鬼石曼子」と言って恐れたとの逸話においても「鬼」はその勇猛さよりも、「神出鬼没」の意味において使用されているものと思われる。また、中国の天文学や占星術としても、朱雀七星宿の一つの『鬼宿』として用いられた。
関連記事
外部リンク
2005年08月14日
2005年08月13日
妖怪[いわえつぅんない]
2005年08月12日
2005年08月11日
2005年08月10日
2005年08月09日
2005年08月08日
妖怪[天狗]
妖怪<天狗>
天狗(てんぐ)#日本の神、妖怪、伝説の生物一覧|伝説上の生き物。下記に記す。
・将棋の将棋の駒|駒。天狗 (駒)を参照。----
天狗(てんぐ)は日本の伝説の生物一覧|伝説上の生き物。人を魔道に導く魔物。俗に外法様ともいう。
後白河天皇の異名でもあった。
天狗の由来
元来は中国の物怪で、流星または彗星の尾の流れる様子を差したり、中国の奇書『山海経』西山経3巻の章莪山の項に、「獣あり。その状狸(山猫を指すと考えられる)の如く、白い首、名は天狗。その声は榴榴の様。凶をふせぐによろし」とあるように天狐、アナグマに例えられた。日本において天狗の言葉が初めてあらわれるのは『日本書紀』で、634年、怪音をたてて空を飛来するもの(かなり地表まで落下した流星か)を、「流星にあらず、これ天狗アマキツネなり」と呼んだという記載がある。平安時代の天狗とは、『山海経』の形状の通り天狐であり、やはり彗星あるいは流星を指した。 今日、一般的に伝えられる、鼻が高く赤ら顔、山伏のような装束に身を包み、一本歯の高下駄を履き、葉団扇を持って自在に空を飛び悪巧みをするといった性質は中世以降のもの(他の邸 76iと区別して、鼻高天狗と呼ばれる)で、本来の天狗とは関連が薄い。これらはむしろ『今昔物語集』に見える、空を駆け、人に憑く「鷹」と呼ばれる魔物や、仏教の、顔は天狗、体は人間で、一対の羽を持つ「天魔」と呼ばれる魔物が直接の原形であろう。この天狗の原型は、恐らく室町初期以降の変化したもので、室町時代成立とされる御伽草紙『天狗の内裏』の、鞍馬寺の鞍馬天狗の容姿が、その初期のものと考えられる。 『平家物語』では、「人にて人ならず、鳥にて鳥ならず、犬にて犬ならず、足手は人、かしらは犬、左右に羽根はえ、飛び歩くもの」とあり、鎌倉時代になると、験力を誇示する天台僧らに、仏教の超越性を証明する為の標的とされ、『是害坊絵巻』を始めとする書物に、天台の僧に戦いぁ rD)$_!"L5;D$KGTB`$9$k天狗 の物語が伝えられるようになる。また、林羅山の『神社考』「天狗論」、また平田篤胤の『古今妖魅考』に、京都市上京区に存在する「白峰神社」の祭神である金色の鳶と化した讃岐院(崇徳上皇)、長い翼を持つ沙門となった後鳥羽上皇、龍車を駆る後醍醐天皇ら、『太平記』に登場する御霊が天狗として紹介される。 天狗は、自慢の権化とされ、鼻が高いのはその象徴である。彼等は総じて教えたがり魔である。中世には、仏教の六道のほかに天狗道があり、仏道を学んでいる為地獄に堕ちず、邪法を扱うため極楽にも行けない無限地獄とされた。
天狗の種類
天狗の種類としては、天狗として世にあだなし、業尽きて後、再び人身を得ようとする「波旬」、自尊心と驕慢を縁として集う「魔縁」と呼ばれる存在がある。またその伝承も各地に伝わっており、変わったものとして、紀州に伝わる、山伏に似た白衣を着、自由自在に空を飛ぶ「空神」、岩手県南部では「スネカ」、北部では「ナゴミ」「ナゴミタクリ」という、小正月に怠け者のすねにできるという火まだらをはぎとりに現われる天狗などが伝えられる。姿を見た者はいないが、五月十五日の月夜の晩に太平洋から飛んでくる「アンモ」もこの類で、イロリにばかりあたっている怠け童子の脛には、茶色の火班がついているので、その皮を剥ぎにくるという。弱い子供を助けてくれ、病気で寝ている子はアンモを拝むと治るという。静岡県大井川では、『諸国里人談』に、一名を「境鳥」といい、顔は人に似て正面に目があり、翼を広げるとその幅約6尺、人間と同じような容姿、大きさで、嘴を持つ「木葉(! B天狗」が伝えられており、夜更けに川面を飛び交い魚を取っていたと記されている。また、鳥のくちばしと翼を持った鳥類系天狗の形状を色濃く残す「烏天狗」は有名である。有名な是害坊天狗などもこの種で、多くの絵巻にその姿が残されている。
神としての天狗
神として信仰の対象となる程の大天狗には名が付いており、愛宕山の太郎坊、鞍馬山の僧正坊、比良山の次郎坊の他、比叡山法性坊、英彦山豊前坊、富士山太郎坊、白峰山相模坊、鞍馬山の鬼一法眼(鬼一法目)等が知られる。滋賀県高島郡では「グヒンサン」と言い、大空を飛び、祭見物をしたという。高島町大溝に火をつけにいったが、隙間がなくて失敗したという話が伝わっている。奄美大島でも、山に住む「テンゴヌカミ」が知られ、大工の棟梁であったが、嫁迎えのため六十畳の家を一日で作るので藁人形に息を吹きかけて生命を与えて使い、二千人を山に、二千人を海に帰したと言う。愛媛県石鎚山では、六歳の男の子が山頂でいなくなり、いろいろ探したが見つからず、やむなく家に帰ると、すでに子供は戻っていた。子に聞くと、山頂の祠の裏で小便をしていると、真っ黒い大男が出てきて子供をたしなめ、「送ってあげるから目をつぶっておいで」と言い、気がつくと自分の家の裏庭に立っていたという。
[山神としての天狗]
天狗しばしば輝く鳥として描かれ、松明丸、魔縁とも呼ばれた。怨霊となった崇徳上皇が、天狗の王として金色の鷲として描かれるはこのためである。また、山神との関係も深く、霊峰とされる山々には、必ず天狗がいるとされ(それゆえ山伏の姿をしていると考えられる)、実際に山神を天狗(ダイバ)とする地方は多い。現在でも、山形県最上郡の伝承にみえる天狗は白髪の老人である。山伏を中心とする天狗の信仰は、民間の仏教と、古代から続く山の神秘観山岳信仰に結びついたもので、極めて豊富な天狗についての伝説は山岳信仰の深さを物語るものである。山形県などでは、夏山のしげみの間にある十数坪の苔地や砂地を、「天狗のすもう場」として崇敬し、神奈川県の山村では、夜中の、木を切ったり、「天狗倒し」と呼ばれる、山中で大木を切り倒す不思議な音、山小屋が、風もないのにゆれたりすることを山天狗の仕業としている。鉄砲を三つ撃てばこうした怪音がやむという説もある。その他、群馬県利根郡では、どこからともなく笑い声が聞こえ、構わず行くと更に大きな声で笑うが、今度はこちらが笑い返すと、前にもまして大声で笑うという「天狗笑い」、山道を歩いていると突然風が起こり、山鳴りがして大きな石が飛んでくる「天狗礫」(これは天狗の通り道だという)、「天狗田」、「天狗の爪とぎ石」、「天狗の山」、「天狗谷」など、天狗棲む場所、すなわち「天狗の領地」、「狗賓の住処」の伝承がある。金沢市の繁華街尾張町では、宝暦五年(1755 )に『天狗つぶて』が見られたという。特に、鳥のように自由に空を飛び回る天狗が住んでいたり、腰掛けたりすると言われている天狗松(あるいは杉)の伝承は日本各地にあり、山伏の山岳信仰と天狗の相関関係を示す好例である。樹木は神霊の依り代とされ、天狗が山の神とも信じられていたことから、天狗が樹木に棲むと信じられたと考えられる。こうした木の周囲では、天狗の羽音が? J9$3$($?$j!"Iw$,S9$C$?$j$9$k$H$$$&!#Iw$,2;$r$?$F$FS9$k$N$O!"天狗の声だと考えられた。愛知県宝飯郡にある大松の幹には天狗の巣と呼ばれる大きな洞穴があり、実際に天狗を見た人もいると云う。また埼玉県児玉郡では、天狗の松を伐ろうとした人が、枝から落ちてひどい怪我を負ったが、これは天狗に蹴落とされたのだという話である。天狗の木と呼ばれる樹木は枝の広がった大木や、二枝に岐れまた合わさって窓形になったもの、枝がコブの形をしたものなど、著しく異形の木が多い。
関連項目
妖怪
日本の妖怪の一覧
伝説
未確認生物
UMA
張型
天狗(てんぐ)#日本の神、妖怪、伝説の生物一覧|伝説上の生き物。下記に記す。
・将棋の将棋の駒|駒。天狗 (駒)を参照。----
天狗(てんぐ)は日本の伝説の生物一覧|伝説上の生き物。人を魔道に導く魔物。俗に外法様ともいう。
後白河天皇の異名でもあった。
天狗の由来
元来は中国の物怪で、流星または彗星の尾の流れる様子を差したり、中国の奇書『山海経』西山経3巻の章莪山の項に、「獣あり。その状狸(山猫を指すと考えられる)の如く、白い首、名は天狗。その声は榴榴の様。凶をふせぐによろし」とあるように天狐、アナグマに例えられた。日本において天狗の言葉が初めてあらわれるのは『日本書紀』で、634年、怪音をたてて空を飛来するもの(かなり地表まで落下した流星か)を、「流星にあらず、これ天狗アマキツネなり」と呼んだという記載がある。平安時代の天狗とは、『山海経』の形状の通り天狐であり、やはり彗星あるいは流星を指した。 今日、一般的に伝えられる、鼻が高く赤ら顔、山伏のような装束に身を包み、一本歯の高下駄を履き、葉団扇を持って自在に空を飛び悪巧みをするといった性質は中世以降のもの(他の邸 76iと区別して、鼻高天狗と呼ばれる)で、本来の天狗とは関連が薄い。これらはむしろ『今昔物語集』に見える、空を駆け、人に憑く「鷹」と呼ばれる魔物や、仏教の、顔は天狗、体は人間で、一対の羽を持つ「天魔」と呼ばれる魔物が直接の原形であろう。この天狗の原型は、恐らく室町初期以降の変化したもので、室町時代成立とされる御伽草紙『天狗の内裏』の、鞍馬寺の鞍馬天狗の容姿が、その初期のものと考えられる。 『平家物語』では、「人にて人ならず、鳥にて鳥ならず、犬にて犬ならず、足手は人、かしらは犬、左右に羽根はえ、飛び歩くもの」とあり、鎌倉時代になると、験力を誇示する天台僧らに、仏教の超越性を証明する為の標的とされ、『是害坊絵巻』を始めとする書物に、天台の僧に戦いぁ rD)$_!"L5;D$KGTB`$9$k天狗 の物語が伝えられるようになる。また、林羅山の『神社考』「天狗論」、また平田篤胤の『古今妖魅考』に、京都市上京区に存在する「白峰神社」の祭神である金色の鳶と化した讃岐院(崇徳上皇)、長い翼を持つ沙門となった後鳥羽上皇、龍車を駆る後醍醐天皇ら、『太平記』に登場する御霊が天狗として紹介される。 天狗は、自慢の権化とされ、鼻が高いのはその象徴である。彼等は総じて教えたがり魔である。中世には、仏教の六道のほかに天狗道があり、仏道を学んでいる為地獄に堕ちず、邪法を扱うため極楽にも行けない無限地獄とされた。
天狗の種類
天狗の種類としては、天狗として世にあだなし、業尽きて後、再び人身を得ようとする「波旬」、自尊心と驕慢を縁として集う「魔縁」と呼ばれる存在がある。またその伝承も各地に伝わっており、変わったものとして、紀州に伝わる、山伏に似た白衣を着、自由自在に空を飛ぶ「空神」、岩手県南部では「スネカ」、北部では「ナゴミ」「ナゴミタクリ」という、小正月に怠け者のすねにできるという火まだらをはぎとりに現われる天狗などが伝えられる。姿を見た者はいないが、五月十五日の月夜の晩に太平洋から飛んでくる「アンモ」もこの類で、イロリにばかりあたっている怠け童子の脛には、茶色の火班がついているので、その皮を剥ぎにくるという。弱い子供を助けてくれ、病気で寝ている子はアンモを拝むと治るという。静岡県大井川では、『諸国里人談』に、一名を「境鳥」といい、顔は人に似て正面に目があり、翼を広げるとその幅約6尺、人間と同じような容姿、大きさで、嘴を持つ「木葉(! B天狗」が伝えられており、夜更けに川面を飛び交い魚を取っていたと記されている。また、鳥のくちばしと翼を持った鳥類系天狗の形状を色濃く残す「烏天狗」は有名である。有名な是害坊天狗などもこの種で、多くの絵巻にその姿が残されている。
神としての天狗
神として信仰の対象となる程の大天狗には名が付いており、愛宕山の太郎坊、鞍馬山の僧正坊、比良山の次郎坊の他、比叡山法性坊、英彦山豊前坊、富士山太郎坊、白峰山相模坊、鞍馬山の鬼一法眼(鬼一法目)等が知られる。滋賀県高島郡では「グヒンサン」と言い、大空を飛び、祭見物をしたという。高島町大溝に火をつけにいったが、隙間がなくて失敗したという話が伝わっている。奄美大島でも、山に住む「テンゴヌカミ」が知られ、大工の棟梁であったが、嫁迎えのため六十畳の家を一日で作るので藁人形に息を吹きかけて生命を与えて使い、二千人を山に、二千人を海に帰したと言う。愛媛県石鎚山では、六歳の男の子が山頂でいなくなり、いろいろ探したが見つからず、やむなく家に帰ると、すでに子供は戻っていた。子に聞くと、山頂の祠の裏で小便をしていると、真っ黒い大男が出てきて子供をたしなめ、「送ってあげるから目をつぶっておいで」と言い、気がつくと自分の家の裏庭に立っていたという。
[山神としての天狗]
天狗しばしば輝く鳥として描かれ、松明丸、魔縁とも呼ばれた。怨霊となった崇徳上皇が、天狗の王として金色の鷲として描かれるはこのためである。また、山神との関係も深く、霊峰とされる山々には、必ず天狗がいるとされ(それゆえ山伏の姿をしていると考えられる)、実際に山神を天狗(ダイバ)とする地方は多い。現在でも、山形県最上郡の伝承にみえる天狗は白髪の老人である。山伏を中心とする天狗の信仰は、民間の仏教と、古代から続く山の神秘観山岳信仰に結びついたもので、極めて豊富な天狗についての伝説は山岳信仰の深さを物語るものである。山形県などでは、夏山のしげみの間にある十数坪の苔地や砂地を、「天狗のすもう場」として崇敬し、神奈川県の山村では、夜中の、木を切ったり、「天狗倒し」と呼ばれる、山中で大木を切り倒す不思議な音、山小屋が、風もないのにゆれたりすることを山天狗の仕業としている。鉄砲を三つ撃てばこうした怪音がやむという説もある。その他、群馬県利根郡では、どこからともなく笑い声が聞こえ、構わず行くと更に大きな声で笑うが、今度はこちらが笑い返すと、前にもまして大声で笑うという「天狗笑い」、山道を歩いていると突然風が起こり、山鳴りがして大きな石が飛んでくる「天狗礫」(これは天狗の通り道だという)、「天狗田」、「天狗の爪とぎ石」、「天狗の山」、「天狗谷」など、天狗棲む場所、すなわち「天狗の領地」、「狗賓の住処」の伝承がある。金沢市の繁華街尾張町では、宝暦五年(1755 )に『天狗つぶて』が見られたという。特に、鳥のように自由に空を飛び回る天狗が住んでいたり、腰掛けたりすると言われている天狗松(あるいは杉)の伝承は日本各地にあり、山伏の山岳信仰と天狗の相関関係を示す好例である。樹木は神霊の依り代とされ、天狗が山の神とも信じられていたことから、天狗が樹木に棲むと信じられたと考えられる。こうした木の周囲では、天狗の羽音が? J9$3$($?$j!"Iw$,S9$C$?$j$9$k$H$$$&!#Iw$,2;$r$?$F$FS9$k$N$O!"天狗の声だと考えられた。愛知県宝飯郡にある大松の幹には天狗の巣と呼ばれる大きな洞穴があり、実際に天狗を見た人もいると云う。また埼玉県児玉郡では、天狗の松を伐ろうとした人が、枝から落ちてひどい怪我を負ったが、これは天狗に蹴落とされたのだという話である。天狗の木と呼ばれる樹木は枝の広がった大木や、二枝に岐れまた合わさって窓形になったもの、枝がコブの形をしたものなど、著しく異形の木が多い。
関連項目
日本の妖怪の一覧
UMA
Wikipediaより引用
2005年08月07日
2005年08月06日
妖怪[酒呑童子]
妖怪<酒呑童子>
酒呑童子(しゅてんどうじ)は、丹波の大江山、または近江の伊吹山に住んでいたとされる鬼の頭領(盗賊であったとも)である。他の呼び名として、酒顛童子、酒天童子と書くこともある。室町時代の物語を集めた『御伽草子』などによると、酒呑童子の姿は、顔は薄赤く、髪は短くて乱れ、背丈が6m以上で角が5本、目が15個もあったといわれる。彼が本拠とした大江山では龍宮のような御殿に棲み、数多くの鬼達を部下にしていたという。
様々な出生の伝説
酒呑童子は、一説では越後国の蒲原郡中村で誕生したと伝えられているが、伊吹山の麓で、日本書紀などで有名な伝説の大蛇、八岐大蛇が、スサノオとの戦いに敗れ、出雲国から近江へと逃げ、そこで富豪の娘との間で子を作ったといわれ、その子供が酒呑童子という説もある。その証拠に、父子ともども無類の酒好きであることが挙げられる。
[越後国の酒呑童子出生伝説]
伝教法師(最澄)や弘法大師(空海)が活躍した平安初期(八世紀)に越後国で生まれた彼は、国上寺(新潟県西蒲原郡分水町)の稚児となった。(国上山麓には彼が通ったと伝えられる「稚児道」が残る。)
12,3歳でありながら、絶世の美少年であったため、多くの女性に恋されたが、女性たちから貰った恋文を焼いてしまったところ、想いを告げられなかった女性の恨みによって、恋文を燃やしたときに出た煙にまかれ、鬼になったという。そして鬼となった彼は、本州を中心に各地の山々を転々とした後に、大江山に棲みついたという。
[伊吹山の酒呑童子出生伝説]
大蛇の八岐大蛇と人間の娘との間で生まれた彼は、若くして比叡山に稚児として入って修行することとなったが、仏法で禁じられている飲酒をし、しかも大酒呑みであったために皆から嫌われていた。ある日、祭礼の時に被った仮装用の鬼の面が、祭礼が終了して彼が取り外そうとしたが、顔に吸い付いて取ることができず、やむなく山奥に入って鬼としての生活を始めるようになった。そして茨木童子と出会い、彼と共に京都を目指すようになったといわれている。
盟友・茨木童子との関係
彼とともに京都で活躍した大鬼、茨木童子だが、実は彼らの関係も、様々な諸説がある。その諸説の中に、実は茨木童子は、“男の鬼ではなく、女の鬼だった”という説があり、または酒呑童子の息子、はては彼の恋人だったという説も伝わっている。そして、しばらくしてから酒呑童子と茨木童子は互いの存在を知り、共に都を目指すようになったといわれている。
日本三大悪妖怪としての酒呑童子
彼は日本最強の鬼と言ってよく、玉藻前で有名な白面金毛九尾の狐と、恨みによって大天狗と化した崇徳天皇とならんで、日本三大悪妖怪と謳われるようになった。そして、数ある妖怪の中でも、九尾の狐に次いで、日本で有名な妖怪としてでも知られるようになった。だが、酒呑童子と白面金毛九尾の狐とは、具体的な関連性があまりない。共に陰陽師、安部晴明とは敵対するという点で共通するが、面識があったのかどうかは定かではない。
京都に上った酒呑童子は、茨木童子をはじめとする多くの鬼を従え、大江山を拠点として、しばしば京都に出現し、若い女を誘拐して側に仕えさせたり、刀で切って生のまま喰ったりしたという。あまりにも悪行を働くので源頼光と頼光四天王により成敗された。名前の通りの大酒飲みで、成敗されたときも「鬼が飲むと眠る」という酒を飲まされて寝首を掻かれた。しかし首を切られた後でも頼光の兜に噛み付いていたといわれている。備考として、酒呑童子は平安時代の悪習であった追儺という儀式の偽装鬼の一人でもあった。
関連
土蜘蛛
酒呑童子(しゅてんどうじ)は、丹波の大江山、または近江の伊吹山に住んでいたとされる鬼の頭領(盗賊であったとも)である。他の呼び名として、酒顛童子、酒天童子と書くこともある。室町時代の物語を集めた『御伽草子』などによると、酒呑童子の姿は、顔は薄赤く、髪は短くて乱れ、背丈が6m以上で角が5本、目が15個もあったといわれる。彼が本拠とした大江山では龍宮のような御殿に棲み、数多くの鬼達を部下にしていたという。
様々な出生の伝説
酒呑童子は、一説では越後国の蒲原郡中村で誕生したと伝えられているが、伊吹山の麓で、日本書紀などで有名な伝説の大蛇、八岐大蛇が、スサノオとの戦いに敗れ、出雲国から近江へと逃げ、そこで富豪の娘との間で子を作ったといわれ、その子供が酒呑童子という説もある。その証拠に、父子ともども無類の酒好きであることが挙げられる。
[越後国の酒呑童子出生伝説]
伝教法師(最澄)や弘法大師(空海)が活躍した平安初期(八世紀)に越後国で生まれた彼は、国上寺(新潟県西蒲原郡分水町)の稚児となった。(国上山麓には彼が通ったと伝えられる「稚児道」が残る。)
12,3歳でありながら、絶世の美少年であったため、多くの女性に恋されたが、女性たちから貰った恋文を焼いてしまったところ、想いを告げられなかった女性の恨みによって、恋文を燃やしたときに出た煙にまかれ、鬼になったという。そして鬼となった彼は、本州を中心に各地の山々を転々とした後に、大江山に棲みついたという。
[伊吹山の酒呑童子出生伝説]
大蛇の八岐大蛇と人間の娘との間で生まれた彼は、若くして比叡山に稚児として入って修行することとなったが、仏法で禁じられている飲酒をし、しかも大酒呑みであったために皆から嫌われていた。ある日、祭礼の時に被った仮装用の鬼の面が、祭礼が終了して彼が取り外そうとしたが、顔に吸い付いて取ることができず、やむなく山奥に入って鬼としての生活を始めるようになった。そして茨木童子と出会い、彼と共に京都を目指すようになったといわれている。
盟友・茨木童子との関係
彼とともに京都で活躍した大鬼、茨木童子だが、実は彼らの関係も、様々な諸説がある。その諸説の中に、実は茨木童子は、“男の鬼ではなく、女の鬼だった”という説があり、または酒呑童子の息子、はては彼の恋人だったという説も伝わっている。そして、しばらくしてから酒呑童子と茨木童子は互いの存在を知り、共に都を目指すようになったといわれている。
日本三大悪妖怪としての酒呑童子
彼は日本最強の鬼と言ってよく、玉藻前で有名な白面金毛九尾の狐と、恨みによって大天狗と化した崇徳天皇とならんで、日本三大悪妖怪と謳われるようになった。そして、数ある妖怪の中でも、九尾の狐に次いで、日本で有名な妖怪としてでも知られるようになった。だが、酒呑童子と白面金毛九尾の狐とは、具体的な関連性があまりない。共に陰陽師、安部晴明とは敵対するという点で共通するが、面識があったのかどうかは定かではない。
京都に上った酒呑童子は、茨木童子をはじめとする多くの鬼を従え、大江山を拠点として、しばしば京都に出現し、若い女を誘拐して側に仕えさせたり、刀で切って生のまま喰ったりしたという。あまりにも悪行を働くので源頼光と頼光四天王により成敗された。名前の通りの大酒飲みで、成敗されたときも「鬼が飲むと眠る」という酒を飲まされて寝首を掻かれた。しかし首を切られた後でも頼光の兜に噛み付いていたといわれている。備考として、酒呑童子は平安時代の悪習であった追儺という儀式の偽装鬼の一人でもあった。
関連
Wikipediaより引用

